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6月10日は「歩行者天国の日」

「また手紙が来てる」

亡くなったお父さんからの手紙が一日に一回届くようになってから、どれくらい経ったか忘れてしまった。でも、届いた手紙は毎日、読み終わったあと大きい木の箱の中にしまっている。その箱ももう一杯になってきた。

手紙といっても、ただの手紙ではなく、一日一話のお話が書かれた手紙だ。その手紙を私は一日の終わりに読む。お母さんに渡して読んだら? と聞いてみたが、宛名は私の名前になっているからという理由でお母さんは読んだことがない。

今まで色々なお話を読んだ。そしてこの手紙はいったい誰が送っているんだろうかと考えたことも一度や二度ではない。まさか天国のお父さんが送ってくれている……。なんてことはもう思えない年齢だ。だってもう小学校6年生だし。きっとどこかの誰かが送ってくれていると思うのだが、お母さんに聞いても知らないと一言だけ言われ終わった。

宛名は私、そして送り主の住所はなく、あるのはお父さんの名前だけ。

まったくもって不思議だが、私は送られてきた手紙を開封しなかったことはなく、中身を読まない日もなかった。

夕食後、今日も手紙をというか、お話を読む。
今日の題名は『歩行者天国』と書いてあった。


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「ここは、車は通らないんですか?」

「なんだい、あんた初めてかい? そうだよ、ここは車はもちろんバイクも通れないんだよ」

私は初めてのこと驚き、思わず近くを歩く男性に声を掛けていた。親切な男性は、この通りは人が歩くための通りだと教えてくれた。

「皆さん、歩いていったい何をしているんでしょう?」不思議に思った私は尋ねてみた。

「なんだ、本当に何も知らないんだな。この道は普段は車が通る道だ。こうして週末になると、人が歩く専用の道になる。そして、みんな自由を謳歌しながら道の真ん中を歩くんだよ」

なるほど、男性の言うように歩く人、歩く人みな道の真ん中を歩いている。

よし、と決心し私も自由を謳歌するため道の真ん中を歩いてみることにした。

しばらく道を歩く。確かに車やバイクは通らなくて危険もないし、歩きやすいのだが、いつまでもいつまでも道が続く。どれだけ長い一本道なのだろう。

心配になり、今度は女性に尋ねてみた。

「あの、すみません。この道を歩くのは初めてなのですが、この道はいったいどこまで続いているのでしょう?」

すると女性は少し笑って「あら、本当に初めてなのね」と言い。

「この道の先は、天国ですよ。まだしばらくかかりますよ。頑張って歩きましょう」

「天国……? この先は天国なのですか?」驚き私は尋ねた。

「はい、だってここは『歩行者天国』ですもの。うんと昔は馬で、そののちは車で天国まで向かっていたのですが、あんまりにも体を動かさないで天国にみんな向かうものだから、天国に到着したあとに病気になる人が多くて、神様が天国に向かうときは、頑張って歩いてくるようにと命じたのです」

そういうと、女性は「おさきに」と言い、また歩き始めた。

まだゴールの天国はここからは見えそうにない。しかし、このまま歩き続ければ、いつかは天国に到着できるだろう。

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お話を読み終え、今日も木箱にそっと手紙を入れた。

お父さんも今頃天国に向かっているだろうか。それとももう到着しただろうか。膝が悪かったお父さんが少し心配になった。

6月10日は「歩行者天国の日」





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