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10月29日は「おしぼりの日」

幻覚かと思い、一時的に別の方向を見てまた見てみたが、確かにウサギは存在していた。突然現れたそのウサギは、いったいどこから現れたのか分からない。近くには隠れられる少し背の高い草もないし、もちろん隠れられる穴もない。

その白いウサギは、ある種その場では異様な存在だった。ウサギ一匹に異様というのも申し訳ないが、小学1年生のクラスに体格のいい覆面レスラーが座っているような、婦人会の中で一人だけ若い男性がいるような、だいたいはそんな異様さだ。さて、そのウサギはさっきから一点を見つめ動こうとしない。お腹がすいて元気がないのか、それともウサギはウサギなりの何か考え事でもあるのか。とにかく一点だけを見つめていた。

そのウサギが見ている先を見ると、そこには赤いシンボルがあった。それは東京タワーでとにかく暗闇のなかで無神経なくらい赤かった。夜にこれだけ赤いと、赤い光がアレルギーの人はとても凝視できないだろう。しかし、ウサギは最初から目が赤いのでその心配はない。てっきりウサギの故郷の月でも見ているのかと思いきや、まさかの東京のシンボルである。もしかしたら、目が赤いのは東京のウサギだけかもしれない。それは夜の東京のシンボルを見るため。

ウサギの周りには水が溢れて、健気なウサギはその水を自分で吸収して、体が重そうだった。そうして最終的にはぐにゃりと体勢を保つことができなくなり、トラがバターになり溶けるように沈んでいった。
沈んだウサギを部長は真っ赤な顔をして、大きな声と、大きな手でつかみ、ゴシゴシと気持ちよさそうに顔を拭いた。それを経理のゆみちゃんは
「あ、ぶちょーせっかくウサギつくったのにー」とまったく可愛くないのに、可愛らしく言った。
本当に可愛いく健気なのはウサギだった。

しかしその後、東京タワーはぐにゃりと溶けることはなかった。

10月29日は「おしぼりの日」

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