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5月29日は「シリアルの日」

薄手のコートは、年々いつ着るのかよく変わらなくなる。

春の次が急に夏になる。一応、わたしいますよ的に梅雨があり、少し肌寒くなる期間があるものの、しかしその後は急転直下の夏。

そのうち梅雨もなくなり、春も秋もなくなり、ぱきっと夏→冬→夏→冬になり、半袖とダウンコートという極端なワードローブの完成となる可能性ありです。

そんな近未来の四季のことを考えながら、薄手のコートを出しておく。これを着て去年はどこへいっただろうか。まったく思い出せないのは、あまり着なかったからか、もしくはもう覚えていられないかだ。

年々記憶が曖昧になる。曖昧という漢字も曖昧で、あいまいとひらがなにしたい。

コートのポケットに手を入れると、右のポケットからは映画館の半券が出てきた。日付は去年の6月。なるほど、去年の6月はこのコートを着るくらいの気温だったということか。この映画は……たしか渋谷で観た。うん、思い出す。
生きるのが辛い女と生きるのが辛い男の、観ているほうが生きるのが辛くなる映画だった。その映画の世界観にまったく合わない、キャラメルのポップコーンの匂いが映画館中に充満して、この世の新しい形の地獄のようだった。

半券の薄くなった青色は、映画を思い出したかい? 僕のおかげで去年の映画の思い出をひとつ思い出せたね。君の役に立ててうれしいよ。と厚かましかったので、2秒で捨てた。なんなら破いて捨てた。またこいつが小さいサイズだったから、破りずらいのなんのって。

右のポッケにゃ夢がある。らしいが残念ながら私の右のポッケには、あまり思い出したくなかった思い出がしっかりあった。

左のポッケにゃチュウインガム。らしいので、念のため左のポッケを探ってみた。奥のほうにポッケから生えている糸がある。それを感じた次の瞬間、乾燥した何かに手があたる。その時点でもちろんいい印象はない。どう考えても、なくしたピアスや、100円玉ではない。チュウインガムを入れていた記憶も、もちろんない。

つまんで、慎重にとりだすと。

朝食べるあれだった。牛乳をかけてザクザク食べるあれだ。元からこの程度の乾燥具合なのか、わたしのコートの左のポケットで熟成されたからか、大変に乾燥していた。10メートル×10メートルの砂漠を圧縮して10センチ×10センチに凝縮したような乾燥具合だ。

だけど君は、また牛乳をかければ復活するんでしょ? そう思わせてくれる何かが、その朝食べるやつからは漂っていた。まだいけまっせ、自分的な。

健気だねぇ、ところでさ君名前なんだっけ?

5月29日は「シリアルの日」


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