深緑
18歳のとき、フジタという男とよく一緒にいた。大学の同じ学科で、モデルみたいに派手な男女のグループのひとり。猫みたいな顔をして、痩せていて、いつも緑色のカーデガンと茶色いズボンにサンダルを履いていた。
フジタの部屋は薄暗くて、お香を焚いていて、音楽がかかっていた。フジタのお母さんは精神病で入院していて、フジタの元彼女は別れたあともストーカーのように部屋に入って洗濯物を畳んだりしていた。怖くて部屋に帰れないフジタはよく私のアパートに来て部屋の隅でうずくまっていた。
フジタの記憶はこれくらいしかない。
一度カラオケでフジタが歌っているのを聴いたが綺麗な声で上手かった。でも何年かあとに友人づたいに聞いたのは、その場にいた別の同級生が歌手になって、アーティストデビューして、フジタは会社を興して社長になったらしい。丸々と肥えたフジタの結婚式の写真を見た。大学生の時は変わった学科だったからか個性的な人達が多くて、教授は授業中に奥さんとの愛を説き出したし、ベジタリアンだという講師は食堂でビーフカレーを食べていた。レズビアンの同級生は友達の好きな人と付き合い始めたと思ったら、やっぱり女が好きですとカミングアウトして大学を辞めた。
生活能力のないフジタの部屋で、床に置いた壊れてそうな炊飯器で米を炊いたら失敗したのをよく覚えている。音楽が好きなフジタの部屋にはCDがたくさん置いてあって、タイトルも思い出せないのに好きな曲があった。すごく久しぶりに頭の中をその曲が回って、聴いてみたくなったので歌詞を検索したらアルバムのタイトルが分かった。深緑。
あの頃は、昼間は勉強して夕方は家庭教師のバイト、夜はスナックでバイト。夜中はひとりでコンビニで夜ごはん買って、あぁ真面目に生きなきゃって思ってた。たまに夜帰ると玄関前にフジタがいて、部屋に入れると猫みたいに部屋の隅で丸まって寝ていた。
フジタを部屋から追い出したのは、彼氏が出来たからか、覚えていない。よく分からない一年間を過ごして、落とした必修の英語を再履修する頃には、真っ当に生活しなきゃと早朝のバイトに変えて、英語の勉強を頑張った。
金髪だったミキチャンも黒髪になったと思ったら、好青年の彼氏と別れてヤクザと付き合った
り、巨乳で良いところのお嬢さまのユウカチャンもタバコを吸うようになった。
皆それぞれ色んな悩みを持って、朝まで喋り続けて、そして眠った。
学年が替わるごとに付き合う友人が変わったり、バイトを替えたり。18歳になるまでの価値観はその数年で目まぐるしく変わった。
アルバムの曲を聴いていたら、当時の記憶がよみがえる。赤い自転車に乗っていた。台風の日に荒川大橋を渡って、増水した川を上から眺めていた。貯めたバイト代で原チャリを買った。
若さとは失敗することなのかもしれない。
18歳がいちばん失敗をした。
フジタは「あなたは壊れそうだから、いなくならないように見ている。いなくなったら悲しいから」と言っていた。ガリガリだったフジタが幸せそうな顔で社長になったように、18歳のわたしも変わっただろうか。
「ぜんぜん変わってないね」
フジタの写真を見せてくれた友人がわたしに言ったのはまだ結婚してすぐぐらいのことだった。その友人も音信不通になった。
深緑のアルバムを聴いていると、無我夢中で闇の中をもがいていた18歳の頃に戻る。
無我夢中なのは今も変わってないかもしれない。ただ今は闇の中にわたしは居ない。
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