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入籍して相手の姓になるしかないんだ、と諦めた日

パートナーの両親の前で、入籍はしません、自分の姓でいたいんです、でも相手に自分の姓になってほしいわけではないんです、選択的夫婦別姓をしたいんです、とは言えなかった。

両家顔合わせから、久しぶりにパートナーのご両親とお会いする機会があった。
ちょうど私たちは引っ越しをしたばかりで、引っ越し後の公的手続きがたまっていた。 転入届、運転免許証、住民票、マイナンバーカード…

お互い仕事をしており、幸い私がシフト制の仕事のため、平日の休日を使って、私がまとめて彼の分も手続きをする、と話し合っていた。

他者が手続きをするときには、依頼書が必要になる場合があり、それをパートナーに記入してもらう必要があった。 その作業をしているとき、

「入籍していれば、その依頼書とはいらないんじゃないか」
と、パートナーのお父さんがおっしゃった。

グサッと心に刺さった。
何も言い返せなかった。
入籍まだ、ということを突き付けられた気がして。
実際には、入籍していようとしていまいと、依頼書は記入するものだったのだけど。

きっと、そんなに深い意味でお話されたわけではないと思う。
そのあとに入籍なんでしていないのか、みたいには詰問されなかったけれど、
入籍はいつだろうね、という話にはなった。

パートナーは何も話しださなかった。
当然だ、二人でちゃんと話したことなかったもの。

「今は、婚約指輪と結婚指輪と3つ並べて、婚姻届を出すのが流行ってるんです。 2月に結婚指輪が届くので、そのあとにしようかな、って思っています」
私は心の中でちょっと思っていることを言った。

その時に、実は選択的夫婦別姓を望んでて、とか
言葉にすることが、私にはできなかった。

抗ったって仕方がない。
諦めるしかない。
制度上のものだと思えばいい。
法律の改正なんて待てない。

私は、相手を、相手の家族を説き伏せてまで、そんなエネルギーはない。

入籍する話の時、どっちの姓にするか、という話もなかった。
当たり前のように、男性であるパートナーの姓になると、当たり前のように。

入籍いつにする? からスタートした会話。
どっちの、なんて話はなくて。

私は、相手を自分の姓にしたいわけではない。
だって、二人が知り合って、相手は相手で、私は私で。
一緒にいたいと思うだけなのに、なんで名前を変えないといけないんだろう。

今まで私が生きてきた25年は、今の名前で生きてきた人生は
どこに消えてしまうんだろう。

苗字+ちゃんと読んでくれていた先輩との関係も。
第一著者になった論文も。
なにより、思い入れのあるこの苗字が、どこかに消えてしまう。

女性が個人として生きることを、こんなにも阻む社会だってことを、
最近ひしひしを感じる。
妊娠出産育児といったライフイベントも、
そして結婚も。

ただただ女性の自由を奪ってく。 時間を奪ってく。
立場を下げていく。 弱者にしていく。
名前すらも奪う。

周りに結婚する友人も増えてきた。
ある友達は、自分のもともとの姓がしっくりきていなかったから、相手の姓になって嬉しい、という友達もいた。
論文を出していたり、職場でも新人で、自分の姓を変えるのに抵抗があったけれど、結局は夫の姓にしたという友達の部下もいた。
結婚したと報告してくれた友達に、姓が変わっていないことを聞いたら、相手が6男だったため自分の姓に執着がなく、女性のほうの姓にしてもらったという友達もいた。

法律上のことだといわれれば、それまで。
今までそうだったから、といわれると、それまで。
子どもができたらどうするの、といわれたら。
選択的夫婦別姓が認められない社会で、入籍しないでいることは、家族ではなく、
例えば病院でパートナーが手術になっても、家族として同意書にサインすることできないと、といわれたら。

なにも言えない。

まるで思考停止することを望まれているみたい。

一緒にいたいだけなのに。
入籍する、ということが、相手と自分の距離を遠くして、
気持ちさえ冷めてしまうような思いになって、
入籍するしかないよね、という諦めの気もちから、スタートする、結婚生活。

なにも考えないでいられる女性でいたかった。
いっそ男性がよかった。
自分の名前で、一生過ごせる男性がよかった。

入籍するしかないんだ、と諦めた、という話だったはずなのに、
書いているうちにまたいろんな気持ちが湧いてきた。
やっぱり無理なのかな。

私の一生。
その一生にずっと一緒にいる名前。
生まれたときもままでいさせてくれないかな。
結婚する今までの自分を、断ち切りたくない。

それでも、
少しずつ、入籍、するか、に気持ちが染まっていく。
揺れながら。

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