若者のすべて-交差論-

皆さんはフジファブリックの「若者のすべて」という曲を知っているだろうか。夏の終わりのぼんやりとした感傷的な気分を歌った、フジファブリックの屈指の人気曲である。

素晴らしい音楽であることに異論はない。ただこの曲は本当に「若者のすべて」なのだろうか。少なくとも私は10代の大半は暗い部屋で鬱屈としながら過ごしていたし、花火を見に行った回数は片手の指で足りる。今年の最後の花火ってなんだよ。花火なんて一年に一回見に行けばいい方だろ。この曲の「エモい」感じと、どう取り繕っても美しくならない自分の青春時代を比べて、ほんの少しだけ不満や違和感のようなものを感じていた。

そんな思いを抱えながら過ごしていると、ある日ハヌマーンというバンドに出会う。確かTwitterでフォローしていたえっちな絵師が薦めていたのがきっかけだったと思う。Spotifyのアーティストぺージに飛んで、一番再生されている「ワンナイト・アルカホリック」を聞く。なるほど、なかなかいい音楽だ。楽器の技術のことはよくわからないが、ボーカルの必死さとそれを盛り上げる演奏と皮肉っぽい歌詞がうまく嚙み合っている。続けて「アナーキー・イン・ザ・1K」も聞く。これもいい。それにしても、阪神タイガースはいつも馬鹿にされているイメージがある。
ディスコグラフィからアルバム「World System Kitchen」を開く。天下の台所、なかなか気の利いたタイトルだ。ぼんやりと曲名を眺めていると「若者のすべて」という文字列を見つける。へえ、この感じでフジファブリックのカバーしてるんだ、意外だなと思いつつ、聞いてみる。

青年と走る鉄塊は交差して
赤黒い物体と駅のホーム
復旧を告げる放送を聞きながら
その光景を持って身震いする

あれっ、どうやらフジファブリックのカバーではないっぽいぞ、と思っていたら凄まじい歌い出しだ。
途中で一度曲調が穏やかになって、そしてもう一度激しくなってサビに入っていく。

So that's killed me 歌うとは
失望の望を怒鳴ることさ

何を言っているのかわからないがものすごい迫力だ。
そしてサビが終わり、再び穏やかな曲調になっていく。

思い出すのはあの人のこと
ふと夜空を見上げたら
月の砂塵が目に入って
涙が一筋

過去を回顧しているのだろうか。
そのままゆっくりと曲が流れていき、サビへだんだん盛り上がっていく。

時間は過ぎてく その現実に
眼球をいつまでそらすつもりか

恐ろしい歌詞だ。いつまで目をそらすつもりか、ではなく眼球をいつまでそらすつもりか、なのか。眼球をそらすってどういうことだ。とにかく緊張感だけが伝わってくる。

心で歌うな 喉で歌え
オンボロになって初めて見える価値
So that's killed me 歌うのだ
失望の望を怒鳴るのだ

ボーカルの叫び声が入り、アウトロが流れて曲が終わる。



初めて聞いたときはよくわからなかった。しかし何度も聞くうちに、この曲こそが私にとっての「若者のすべて」だと確信できた。

物語は主人公が青年の飛び込み自殺に立ち会うところから始まる。青年と彼の死に思いを馳せながら、それでも明日に呼ばれる主人公は必死で歌う。主人公は思い出す、優しかった家族のことを。その頃から変わらず捨てられなかったちっぽけなプライドを肯定し、過ぎ行く時間から眼球すらそらさず向き合っていく。世間の人は心で歌え、などと綺麗事を言うが、自分は喉で歌うしか、身体で向き合っていくしかない。

こうして文字に起こしてみると、改めて私の若い時間のすべてとそっくりだ。だれかの死に巻き込まれて悲しい気持ちになっても、それでも日常を生きなけれなばならない。幸せだった過去の思い出に浸っても、結局は今の現実と向き合わなければならない。大人の綺麗な言葉は現実をみていない。自分でなんとかするしかない。
日常を、現実を、自分の肉体で乗り越えていくしかないのだ。

ハヌマーンの「若者のすべて」という曲は、青春の明るくない側面を肯定してくれる。だれにでもある辛い記憶や、あるいは現状を、この曲を通してそっと撫でてやることができる。フジファブリックの影に隠れがちなこの曲が、一人でも多くの人のもとに届いてほしいと、私は願っている。


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