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AIブーム終焉の意味するところ

この前の日経の記事でプリファードの西川CEOが「AIブームはもう終わる」と発言していたのが、とても象徴的なできごとだと感じた。AIブームが終わるというのは、誰もが分かっていて、話題にも良くなっていたが、AIに直接関わっている当事者としては、言い出しにくい雰囲気があった。

そのような状況の中で、この西川CEOの発言は、事実を偽りなく伝えていて、勇気があり、またしっかり事業を育てていこうという意志を感じることができ、好感を持った。これはAIブーム終焉を示す、象徴的なできごとだった。

自分自身、株式会社アラヤというAI技術を主体としたスタートアップを約6年程度経営してきて、AIのビジネスがどのようなものか、ファーストハンドで経験してきている。

そして明らかなのは、AI自体を商品とするビジネスをスケールさせるというのは非常に難しいということだ。AIを必要とする仕事は無数にあるのだが、現在の技術だと、その都度作ることになり、根本的にスケールするビジネスとしての展開を設計するのが難しい。そこがけっこうネットやITでのビジネスと違う難しさだ。

このこと自体は、とっくに多くの人が気づいていて、何度となく言われている。そのような中で、AIスタートアップの人たちは、それぞれ仮説をもって事業開発に取り組んでいる。

これからは、AIブームの終わりを前提とした、次の動き方が見えてくるフェーズに突入する。

AIへの市場からの過剰な期待が落ち着く

AIブームが終わったというのは、ビジネスでの過剰な期待のことを言っている。AIを事業の中心に据えた企業のビジネス規模が、AIの実現する未来への投資家や市場からの過剰ともいえる期待に追いついていない。この状況が続いてきたことや、コロナ禍での景気後退と相まって、AIはやっぱりバブルだったから、期待値を適切に修正したほうが良いという現実的な見方が生まれてきている。

例えば、聞いた話では、機関投資家はAIという事業分野があるとは捉えていないという話も聞いている。AI企業というラベルで企業価値が過大評価されがちなのだが、ビジネスの収益性や成長性という観点で、冷静に見る必要があるとプロの人達は見ているということのようだ。

もちろん、これから圧倒的なAIのビジネスが生まれる可能性がないわけではないし、その可能性が見えている人は大いに挑戦するべきだと思う。ただ実感として、AI自体を売り物にするのは難しいのではないかと思う。ビジネスとして価値があるのは、最終的なソリューションであって、AIを使うこと自体に価値があるわけではない。

これまでの過剰な期待は、いわゆるAI企業を過大評価してきたし、スタートアップへの投資の際も、事業の実体以上の価値がついてきた。その点、自分自身、この恩恵に預かっていることは否定できないし、結局は価値というのは主観的な信念できまるものであるので、AI企業の価値を高く見積もること自体が悪とは思わない。むしろ、当事者としては、この期待感を超えていきたいし、個人としても、先端的な技術が人間の生活様式を変えていくことを実現したいと思う。

そんな中、あえてAIブームが終わったと認識しているのは、もっと期待感だけではなくて、冷静に価値のあるサービスを作っていきたいと思うからだ。それぞれAI企業を経営している人は、それぞれに独自の仮説をもって、事業を作ろうと地道な努力をしていると思う。

今後、投資家や市場の期待に応えるレベルの画期的なビジネスモデルがAIからでてくるのかはわからないが、それでもコツコツと顧客のニーズに答えて、価値あるAIのアプリケーションを作っていっていくこということを、皆やっていくだろう。

【AIブームについての意見①】
AIブームの終焉後の世界では、起業家は、自らしっかりと稼ぐために知恵を絞って、挑戦を続けていくしかない。

AIブーム終焉が意味しないこと

一方で、「AIブームが終わる」という言葉の意味は、けっこう誤解されているようにも思う。AIブームとは何かというと、①市場やビジネスの観点からの実質をAIへの過剰な期待と、もう一つ、②AI研究の革新的成果への熱狂の2つの側面があると思っている。両者は、無関係ではなく「②AI研究」が「①ビジネスでの期待」を生み出し、そして「①ビジネスでの期待」が「②AI研究」への投資につながるという、ポジティブ・フィードバックが働いていた。これ自体は、非常に望ましいことだと思う。

今、終わろうとしているのは①の過剰な期待の部分だと思う。これが落ち着くと、②の研究への投資というのも、結果的には減ってくることになるだろうが、AIの研究自体は、巨大な資本と裾の尾の世界的な広がりによって、エキサイティングな結果がどんどんでてきていている。まだまだ、AIの研究ではやるべきことがたくさんあり、楽しみなフィールドであり続けると思う。

AIの研究の進展は、他の科学の研究に影響を及ぼすに至っている。神経科学においては、現代的なAIの概念によって、見方がだいぶ変わってきた。Deep LearningとAdS/CFTを結びつけるような研究もあり、その影響力は多様で広範にわたる。

ただし、レベルの高いAI研究が、収益性の高いビジネスに繋がるかというと、それは別問題だと思う。ある程度の技術的・理論的なバックグラウンドをもっていることは、初歩的な間違いを侵さないためには役に立つだろうが、優秀なAI研究者がいれば、素晴らしいAIビジネスを生み出せるかというと、そうでもない。そこのところを混同している人が多い。たぶん、原因は研究者や技術者、あるいは、一般の人は、AIの技術を高度なものとみなして、ビジネスの部分での能力や才能というものを過小評価していることが原因だと思われる。

AI研究については、まるで進化におけるカンブリア紀のように、多様な手法やアイデアがでてきていて、まだまだ面白いことがでてきて、人々を驚かすような成果が出てくるのではないかと思う。

【AIブームについての意見②】
AIの研究は終わっていない。まだまだ、面白い成果がたくさんでてくるだろうから、AIビジネス・ブームが去っても、注目すべきAI研究は継続してでてくる。

AIは見えないまま浸透していく

AIブームが終わったとしても、AI技術自体の導入は継続して、様々な場面に浸透していくだろう。だから、AIブームの終焉は、継続的なAIの社会実装の終わりを意味しない。投資のペースが落ちることなどで、浸透の勢いが衰えることはあるだろう。ただ、AIの会社の経営者としての感覚では、世の中にAIで改善されるものは溢れていて、実際に仕事自体はたくさんある。

AIの事業化において問題になるのは、そういった仕事が個別の問題であるため、一つプロダクトを作ったら、それが全てに広まるというスケーラブルな形にするのが難しいところだ。そこで、個別性を取り除いたソリューションを作るということが次善策として浮かんでくる。そこは、AIの技術による差別化ではなく、どれだけ顧客にとって役に立つソリューションを汎化的に提供できるかという、ドメイン特化による差別化になっている。

さらに、ビジネスの応用に使うAI技術というのは、コモディティ化が進んでいる。一見難しそうなことをやっているように見えるが、AI技術を適切に使うユーザとしては、残念ながら、そこまで特別な知識は必要ない。現在の日本でのAIスタートアップは、大企業にAIのI技術を提供することをやっているパターンはけっこうあると思うのだが、できる人は大企業側にもたくさんいる。だから、よっぽど特別なことができないと提供できる価値は限られてしまう。しかも、そこは技術的な問題というよりは、ビジネス的な課題であることが多い。

近年のAIブームの期待するレベルでスケールするビジネスを描けるかどうかという問題とは別に、すべての企業はAIという技術があることを前提に、至る場面でAIを導入していくだろう。この流れは、見た目としてはゆっくりだが、世の中を不可逆的に変容させていくだろう。だから、AIブームの終焉は、AIが結局役に立たず意味がなかったということではない。

【AIブームについての意見③}
AIブームは終わったけれど、その意味はAIへの過剰な期待に基づいたバブルが終わったということで、AI技術自体はさらにコモディティ化して、社会に浸透していく傾向は止まらない。

最後に…

自分自身がAIスタートアップ経営者であるために、ある意味当事者でもあるので、こういったことは書きにくいことではあった。でも、個人的にはAIブームに関係なく、アラヤという会社を成功させたいと思っている。上場ゴールみたいなものではなく、長期的にすごい会社を作りたい。それについては、また別の機会に書こうと思う。



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㈱アラヤの創業者。科学で意識の解明を目指し、京大卒業後、オランダ・ユトレヒト大学でPhDを取りCaltech・UCLで脳と意識の研究。Sussex大学で准教授となるが起業。AI技術の応用と、さらなるNeuroTech時代の実現を目指している。

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