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記録(1/22 - 1/31)

前回の『記録』を書いたときとは対照的に、時間が経つのがとてもはやく感ぜられた。おっちゃんと川沿いを歩き、仕事をし、生理痛にくるしみ、確定申告を済ませ、大雪を見守り、1月を終えようとしている(と書いているうちに、2月になった)。

寒さについて

渡米前にニュージャージー州の気温を調べたとき、1月は最低気温−13℃から最高気温12℃ほどとかなり幅があるようだった。しかし、私には0℃以下の外気温や気候が全く想像できなかった。

こちらに来て、実際に自分の触覚で感じた寒さを描写してみたいと思う。

①「耳があるはずの場所に氷がくっついているような感じ」
最高気温−1℃の日に外を歩いていると、とても冷たい氷がふたつ、こめかみを冷やすように顔の近くに存在していた。それが耳だとわかって困惑した。以降、マフラーからはみ出た耳が存在感をつよめた。耳の隠れるタイプのニット帽かフード付きのダウンが切実に欲しかった。

②「6桁のパスコードを打ち込んでいるうちに指の動きが鈍くなる」
マスクをしているときは、iPhoneがあるじの顔を認証してくれないので、左手の手袋を外してパスコードを入れる。入れるのだが、その数秒の間に手が凍ったような感じになり、せっかく起動できても次の動作がためらわれるほどだった。たとえば、カメラのシャッターが押せないとか。

③「3日前に降った雪がまだやわらかい」
1月は上旬と下旬に1回ずつ、ニュースで外出自粛が呼びかけられるほどの大雪が降った。15センチほど積もり、広い土地のおかげで数日経っても踏み荒らされていない雪面が残っていた。そこにわざわざ足を踏み入れると、降りたてみたいにふかふかなのだ(「降りたて」ということばを人生で初めて使った)。
これを嬉々として友人に話すと、「ふかふかってことは、寒いんだね。あったかいと、雪が溶けて、固まっていくはずだから」と教えてくれた。なるほど。関東で過ごしているとき、3日経ってもふかふかな雪は体験したことがなかったように思う。

時間について

時間の使い方が安定してきたような気がする、と1月のGoogleカレンダーを見返しながら思った。

ニュージャージーに来た最初の週は、睡眠時間が安定せず15時に寝たり26時に仕事をしたりしていたらしい。
2週目に入ると、とにかくずっと食べていた。1日3食のメインの食事に加えて、食事と食事の間を埋めるようにおやつやパンを摂取した。
3週目から仕事が適度に忙しくなり、食べもののことを考える余地が減ったのがよかった。
4週目の今は、“制作モード”の時間と“生活モード”の時間をバランスよく過ごせていると思う。

◆制作モードにふくまれること:
企業からの依頼(デザインワーク)
個人からの依頼(デザインワークところによりアートワーク)
私個人の制作(アートワーク)

◆生活モードにふくまれること:
食う、寝る、歩く、漫画を読む、
スーパーへ行く、人と話す など

ところで、「すること(予定)」と「したこと(過去)」をまとめて管理しているGoogleカレンダーを眺めていると、5色の四角形の集合が安直なコンテンポラリーアート(現代美術)のように思われて、何かを見出そうとしてしまいそうになる。そして、それは私の「私自身を美術のフィールドに置いておきたい」という平たい願望から来るものだと思わされる。
何が言いたいのかというと、そういう脱線した思考をする時間を持てている、ということである(よかったね)。

食事について

先ほど触れた「食事」について、もう少し書いてみる。
これまでの人生で料理らしい料理をした記憶がなく、とはいえ野菜を切ったり肉を炒めたりしたことはあり、それを「調理」と呼んでいた。
「調理」はいわば作業工程で、「食材に手を加える」なら「調理をする」と言えるだろう。カップラーメンにも「調理・・時間3分」とあるくらいだ。
しかし、「料理」というと作業工程だけでなく、その成果物や様式も表すことができる(「料理が完成した」「料理をいただく」のような)。

前置きが長くなったが、驚いたことに、先日始めて「料理をした」と思えるようなことがあった。
リングイネ(スパゲッティの断面を楕円形にしたようなロングパスタ)がどうしても食べたくなったある日、レシピを検索してスープパスタにたどり着いた。
なぜかいつもより丁寧めに分量を計り、スープの味見をし、皿に盛り付け、キッチンに立ったまま一口。
するとそれが、べらぼうに美味しかった。美味しくて、立ったまま食べるのがもったいなかった。そこで、ランチョンマットを敷き、飲みものを用意し、前日に作ってあった人参のマリネを皿に取り分けて、いただいた。

単に食材を加工したり、加工したものを摂取したりすることではなく、「美味しくいただくために手間をかけること」を料理と呼びたいと思うひとときであった。

ジョンについて

散歩に出ようとして、ごみ捨て場の傍を通り過ぎたとき、ジョンというおじさんに出会った。初対面だったので、この時点では名前を知らないのだが、もうジョンと呼びたい。
おじさんというよりもおっちゃんと言いたくなる感じの、気のいい人だった。

ジョンはごみ捨て場から私を呼び止めた。「Hey」とか「Excuse me」とかではなかったので、1度目は呼ばれていることに気づかず通り過ぎてしまった。しかし、2度繰り返されたフレーズが私の足を止めた。

Do you know how to recycle papers?
[紙類のリサイクル方法を知ってるか?]

「知らんがな?!」と思ったがそれは飲み込んだ。
ジョンは――のちに聞いたところアメリカ人なのだが――なぜかアジア人の私に紙のリサイクルについて尋ねてきた(ちなみに、私のことは中国人だと思っていたらしい)。

以下、私が知っている最低限の知識を以って始まった会話。

(J=ジョン)
私:「紙はリサイクルできるよ」
  「みんな左奥のボックスに入れてるみたい」
J:「いや、それは知ってるんだ、」
私:「??」
J:「僕のね、レコードをシュレッダーにかけたんだがね、」
私:「レコード?!(←音楽の円盤レコードだと思っている人)」
J:「いや、ちがうんだ、書類レコードをシュレッダーにかけたんだ」
私:「あぁ(笑)」
J:「その紙くずをビニール袋に入れてあるんだが、、リサイクルできるかね?」
私:「それは、、できなさそう(苦笑)」
J:「やはり…(苦笑)まあ、このまま置いておこう。少なくとも燃えるゴミではある。ハッハッハ」

もうジョンのことが好きだった。会話がオチたところで、ジョンがエントランスのドアを開けてくれたので、そのまま分かれるつもりだった。
しかし、私のすぐ後ろを歩いてくるジョンに気づき、気に入りの川沿いを一緒に歩くことにした。

ジョンはふかふかの白ひげをはみ出しながら不器用にマスクを付け直していた。大きい声と破裂音の強すぎる英語で、退職後の仕事のこと、腰を悪くしたこと、これまでに関わったアジア人たちのこと、世界の行きたい都市ベスト10のうち3つが日本にあること、などを話してくれた。
ときどき、私の仕事やニュージャージーへの滞在理由にも興味を示した。

「ここで働けるなら、どこでも働けるよ」と言ってくれたのがうれしかった。私の意図していることがきちんと伝わっていると思える返答だったからだ。

20分ほど一緒に歩き、私の目的地(スーパー)に着いたところでジョンはUターンすると言った。そのときに名前を聞いた。私の名前を発音しづらそうに3回唱え、手袋越しに握手をして別れた。

スーパーに入ってからも、ひとつの食材を手に取るたびにジョンのエピソードが聞こえてきそうだった。
そして、そのスーパー――そこは日本の食材や商品を中心に扱っている店だった――でアジア系の外見の人たちとすれ違いながら、こう思い至った:

外見や使用言語だけでは、国籍や生まれた土地を判断できない。この土地にどのくらい長く(短く)住んでいるのかもわからない。
だから、ジョンが私にリサイクルの仕方を聞いてきたのも、まっとうなことだった。

美術館へ

グッゲンハイム美術館を訪れた。
友人にレコメンドされるまでこの美術館の存在さえ知らなかったのだが、この鑑賞空間がたいへんよかったので残しておく。
(一連の『記録』シリーズにとって初めてとなるサムネイル画像に設定した。)

①1階から5階までがワンフロアのような作り

建物全体が大きな螺旋状のスロープになっていて、その外周に絵が展示されているという、たいへんめずらしい構造をしていた。
閲覧者(私)が会場を螺旋状に進んでいくので、途切れ目なく作品を見続けることができる。こんな建造物は初めてで、興奮した。

グッゲンハイム美術館5階から。中央は吹き抜けで、別の階の展示作品も望める

②自分がほんの少し傾いた状態になる

①で「螺旋状のスロープ」と書いた。すなわち、床が傾いている。螺旋が左回りのため、作品に対して閲覧者の左足側が常に少し高い位置にあることになる。
こんな鑑賞空間は初めてで、最初は慣れなかった。進んでいくほど、身体にかかる重力が重くなったような感覚さえあった。

しかし、螺旋を1周ほどしたところで、全く別の感覚を得た。
ピントの合いにくくなった目で作品を眺めていたときのことだ。額縁と透明の板とに囲われた作品のためだけの空間に、自分の身体が同期したかのような、作品と同じ空間――作品がある空間ではなく、作品によって表現された空間――にいるような感覚を覚えた。以降、重力がなくなったかのように身体が軽くなり、その体感のまま展示を見ることができた。目や思考や足の動きも通常どおりになっていた。

とても好きな画家の作品を見ていたおかげかもしれない。ワシリー・カンディンスキーの展示だった。彼という人の存在や作品を大学在学中に知り、私にとっての芸術の範囲や価値を広げてもらったのだった。

ワシリー・カンディンスキー
Wassily Kandinsky (1866 - 1944)
ロシア出身。ドイツやフランスで活動した画家・美術理論家。
(私個人的には、彼の抽象画に「音楽を見ている」ような感覚を持つ。)

以上、鑑賞空間によって作品の見方を変えさせられた、初めての体験。

今週のしいたけ

最近のしいたけからは、「問い」はないけれど「見通し」が提示されている。鍵になりそうなところを残しておきたい。

体験を消化し、自分に何ができるか。何を楽しめるか。何をつくっていけるか。そういう「もがき」が始まっている。今週はよい意味で「しっちゃかめっちゃか」です。遊びも、仕事などについても、先の予定も、ちゃんと気をつけた上でノリと勢いを大事にする。

(VOGUE GIRL|1/31〜2/6のしいたけ占い)

週明けからすでに「しっちゃかめっちゃか」になっていたので、こう言ってもらえるとありがたい。“ちゃんと気をつけた上で”に生真面目さが表されてしまっているので、私はこのまま進んで大丈夫だろうと思う。

今週始めたこと

・アディダスの「Training」というアプリで、1日10分のトレーニングを始めてみた(三日坊主を回避したのでいつやめてしまってもいいと思っている)


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