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緋色の花㉜

     

 初めて零に対する疑問が生まれて、俺は再び零の部屋に足を踏み入れた。
 携帯とパソコン以外はそのままにしていると言われたが、片付き過ぎていて気味が悪い。
 零は完璧な人間だと重々承知していたが、ここまで綺麗好きだったのだろうか。
 友人や恋人の存在を想起させる品が一つくらいあってもいいのに。そういった物が一切ない。趣味嗜好を表す物だって、小説も雑誌もCDもアクセサリーも香水も、何一つ無い。
 零は、そんなに物を持つのが嫌いだったのだろうか。
 俺から見た零は、何もかも満ち足りていた。寮の部屋も実家の部屋も、俺の知っている零とは違って、あまりにも空虚だった。
 机には、あの日ナイフと共に置かれていたノートがあった。今思えば、なぜこのノートだけ机に放置されているのか。他の物は決まった位置に収納されているのに。まるで、見せつけるように置かれていた。
 もしかして、この中に、珠莉を脅していた物がまだ隠されているのでは。そんな嫌な予感がしながらも、手に取らずにはいられなかった。自分の目で、確認したかった。
 表紙を開く。白紙だ。
 ページを捲る。次も、その次も、白紙だ。新品のノートだった。どこも白紙で、真っ白だ。どんどんページを捲るが、何も無い。
 新学期に使う予定だったのだろうか。そう思い、閉じようとした時だ。
 最後のページに、書き込みがあった。
『I'm winner.』
 赤黒い文字で書かれていた。赤ペンではない。茶色のペンで書かれたわけでもない。独特の濁った黒さを含んだ赤色。そして、ペンよりも太く、所々掠れており、文字の中に渦巻きのような線が混じっている。血だ。指に血を付けて書いてあるのだろう。
 これは、零が? 誰の指で、誰の血を?
 一瞬珠莉の顔が浮かんだが、珠莉の指にしては太い。それに、珠莉の身体に傷があったなんて、白羽夫人からは聞いていない。
 ……零? 自分の身体を自分で傷付けて? いつ? まさか、あの日、俺が来る前に……?
 正直、考えられない。零がそんなことをするように思えない。
 それに、「I'm winner.」だなんて。
「失敗作の弟に殺されてんじゃん。何が『winner』だよ。負けてんじゃん」
 滑稽だ。彼は、いったい何に勝っていたのだろう。

   

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