見出し画像

緋色の花㉝

4ー1:赤名紗羅

     1

 桜ノ宮学園中高等部では二学期の終業式の夜、クリスマスツリーの点灯式がある。幼稚舎は参加できないそうだが、初等部高学年と大学部は自由参加らしい。立食形式で食事が出され、オーケストラによる演奏まで行われ、希望者でダンスを踊るのだとか。ツリーの点灯式というより、社交界然とした内容に、顔が引き攣ったのを覚えている。
 当日、多くの男子生徒はスーツを、女子生徒はドレスを着ると聞かされた。もちろんそんな正装を持っていないあたしは、欠席を心に決めていた。
 なのに、蓮に街に連れ出されてあれこれと試着するよう指示され、膝上丈の赤いドレスと黒のパンプスを購入された。ノースリーブのドレスで、Ⅴ字状にタックが寄せられ、メリハリのあるXラインが作り出される。いつもより、ウエストが細く、足も長く見えた。
 華やかな場所は苦手だからと断わったのに、無視されて、無理矢理押し付けられた。
 先月、あたしの罪の告白をして、蓮の彼女がお兄さんの所為で自殺をして、そのお兄さんを自分が殺したのだと告白されたのに、あたし達の間には、何事もなかったかのような時間が流れていた。
 唯一の変化として、司が生徒会長となり、点灯式の準備のためか、あたしの前に姿を現さなくなったのは、一時いっときでも心が休まった。
彼はあたしが両親を殺害したという真実に辿り着いた。この調子だと、動機まですぐに辿り着く。それを突き付けられる日はいつなのかと、少しばかり心許ない学園生活を送っている。
 司はきっと、蓮がお兄さんを殺したと疑っている。だが、確証が無い。だから蓮を探っているのだろう。あたしが蓮の彼女ではないとわかった時に「あんな事があったからそれどころではない」と言っていたのは、蓮のお兄さんが死んだことを指していたに違いない。
 蓮と親しくなっていたあたしを利用して探らせようとしたら、断られてしまった。
 何とかして利用できないかと探ってみたら、あたしからも罪が出てきた。
 だからあたしを脅し、蓮から真実を聞き出そうという方向で舵を切っていた。
 司があたしをマークしていたのはそういうことだろう。
 いずれ彼からあたしの罪を糾弾される時が来たとしても、蓮がそうしようとしてくれたように、あたしは墓場に蓮の罪を埋める。
 例え予期せぬ形であたしの被害も罪も暴かれ露見しようとも、最初は自らの手で白昼の下に晒す予定だった事だ。今さらどうなろうと、同じだ。
 なぜか無いことにされた全ての事実を、当初の予定通り晒すことになるだけ。
 そう誓い、覚悟を決めていた。
 だけど、これ以上あたしが司に嗅ぎ回られると、最終的に蓮が追い詰められてしまう。
 だから近いうちに、もう彼とはこれまでの関係を解消しよう。
 蓮があたしに声を掛けたのは、性犯罪被害に遭った珠莉さんと同じ目をしていたからで、制服はただの口実だった。珠莉さんと同じように、いつか自ら命を絶ってしまいそうな気がして、不安だから見張っておくことにした。彼の行動はあたしを想ってのことではなく、今でもなお心に存在する珠莉さんを想ってのものだった。
 蓮の言う「綺麗な出逢い方じゃない」というのは、そういう意味だろう。
 九月にカフェで他の女のことを考えるなと言って「そんなんじゃねー」と反論してきたのは、蓮が好きなのはあくまで珠莉さんだから。
十月に「あのカフェに行っても意味ェって、わかったから」と言ったのも、あそこは珠莉さんとの思い出が詰まった場所だから。
「見張ってないと死にそう」と言っていたのも、珠莉さんが自殺をしたから。
 あたしは死なないという言葉に「それはもうわかってる」と言ったのも、あたしは自殺したかったわけではないと気付いていたから。
 誰の所為で暗い顔をしているのかを責めた時、「俺は関係無い」と言っていたのも、根本の原因はあたしの過去にあると気付いていたから。
 蓮のあたしに対する行動は、あたしに珠莉さんを重ねていたから。
 全てに納得がいった。
 それにあたしは三人も殺しているし、家柄も無い。蓮と結ばれるなんて、ありえない。
 やはり、あたしは失恋した。失恋していた。最初から、この恋は終わっていた。
 ただ、失恋に、性犯罪被害者であることが一切関係無いというのが、心を軽くさせた。
 責めることもせず、腫れ物に触るようにするでもなく、何事も無いように接してくれるのも、負担を軽減させているのかもしれない。
 点灯式には出席するからもうこれ以上はいいと言っているのに、ヘアサロンの予約まで取ったと聞かされた時は、いい加減にしてくれと思った。
 なのに、心のどこかで、点灯式を楽しみにし始めている自分に気付いてしまった。
 ドレスなんて結婚式にしか着ないと思っていた。あたしが自分の結婚式を挙げる想像なんてできなかったし、友人と言える人もいない。だからそんな日は来ないと思っていた。
 華やかな場所は苦手だし、あたしには日向より日陰が似合う。
 だけど、最後に一日くらい、身分不相応の嘘で着飾って、灯りのもとを、歩いてみたかった。

   

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?