家族は難しいなあというぼやき
不登校だった学生時代や、家から一歩も外出できなかった十代後半から二十代半ばまで。それと無職引きこもりな現在。
我が家族(両親と兄妹)はそんな私の経歴にぜんぶまるっと蓋をして生活しているように感じる。
私自身は不登校の過去も、引きこもりの過去も、精神疾患がある今も、引きこもり無職な自分も、まあこんなもんだろな。それが私よ、This is me! みたいな心持ちで生きているのだけれど、家族は違うらしい。
気を遣われているのか、腫れもの扱いなのか、気まずいのか、何かしら思うところがあるのか、理由は定かではないが、とにかく私からそういった経歴を消し去って接してくる。
テレビで引きこもりの話題が出ると、「私のことやってんわ~」みたいに反応するも、家族は無言。自虐ギャグが滑るってこんな気持ちなのかしら。
娘が引きこもりだということを認めたくないのだろうか。わからない。
会話はあるが薄っぺらい上辺だけで、真面目なことや込み入ったことはなあなあにして誤魔化していくタイプのファミリーなので、その性質も関係しているのかも。
正直家族とは話が合わないため、猫可愛いねー、これ美味しそうだねーくらいの対話しかしていない。
もっと宇宙の話とか物理の話とか歴史の話とか映画の話とか混沌とした話をしたいのだが、誰も付き合ってくれない。悲しみ。壊滅的なまでに話が合わない。
知らんこと話されてもわからん、みたいにあしらわれる。多少知ろうとする演技くらいはしてほしいものだ。私はするぞ。興味ないことも一応接待で対応している。家族なので一定のコミュニケーションは必要だと思うし。
あ、父とは若干タイプが似てはいるけど(嬉しくはない)、思想がまったく合わないので結局話の途中で険悪になる。
どっちも根暗卑屈性格悪いで同じなのに、なぜか父は外面陰、内面陽で、私は外面陽で内面陰。うーん、ちぐはぐ。
他の家族は内外まるっと陽キャ。私もそっちがよかったよう……。
とにもかくにも家族、とりわけ親の中では、私は学校にちゃんと通い、卒業し、今は家事手伝いとして生活しているという設定になっているっぽい。
いやはや……いやはや……。
私としてはそんなふうに接するくらいなら、学生時代になんらかの対処とかして、軌道修正とか、最低限生きていくための術を一緒に探ってほしかったなとも思うのだが、それはただの我儘なのか。うーん。
でもやっぱり、通信制の高校とか提案してほしかったな、みたいなところはあるよ。受験の時は通信制なんて制度があるなんてことすら知らなかったもん。知ってたら絶対そっち行ったもん。やはり知識。知識は絶対に必要だ。
なんだろ、応援とか支援の方法を、金をあげるか「頑張れ!」って言うかしか知らないんだろうなと感じる。
しかしこのへんは育ってきた環境もあるから誰も責められん。目まぐるしい終戦直後生まれの両親だ、生きてるだけで幸運な時代よ。それは本当にサンキューだよ。
などと言いつつ、やっぱりもやもやすることもあって、三十年ほど前に自分の意思でピアノを習っていて、でもぜんっぜん楽しくなくて練習もしないで教室に行ってたのだけれど、今思えば私は音符や記号をなにひとつ理解していなかったし、もっと理論的なことからやりたかったし、なんならクラシックピアノではなくジャズピアノがやりたかったのだろうなということにこの数年で気づいたのだけれど、それを、できれば、現役時代、親に気づいて欲しかったっ……!!!
みたいなね、甘えかなこれも。責任転嫁はいけないね。
わからないけど、とにかく放任主義が悪い方向に出てしまった家庭なんだなと今ならわかる。似たような思い出が手足の指じゃ足りないほどある。でも今わかったとて……とて……。
あの時の親の年齢に自分がなってしまったために思うのかもしれないけれど、私ならちゃんと助言や補助をしてあげられた、みたいなちょっとした、こう……なんだろうな……不満がすごくある。
でも自分のことだから、こうして振り返れば理解できてあげられるのは当たり前なんだろうな。
あと情報量やそれへのアクセス方法が今と昔じゃまったく違うから、そう易々と比べられるものでもない。それもわかる。
でも選択肢を増やしてあげたり理解をする努力……のための知識を増やすみたいなことはしてほしかったね……しかしながら両親共働きだったからそうも言ってられないか。難しいね。結局は運が悪かっただけなんだろう。
こうして改めて考えてみても、家族というのはなかなか難儀なものよ。
最近は、家族とはいえ血縁があるだけで偶然出会った他人の集まり……と認識するようにして、程よく距離を取って個々人を尊重していこうと頑張ってはいるのだけれど。
でも援助なしには生きられないため、やはり距離は近くなってしまう。だって無職引きこもりだもの。
自立しないとな。できるできないは別として、しないといけないという気持ちを持ち続けることは諦めてはいけない。諦めたら試合が終わってしまう。
頭のほうで書いた経歴の話も、家族がなかったことにしたがっているのだから、私も大人としてそれを演じて接するべきなのだろうか。
元役者志望だから演技は得意だぜ。なんなら今からでもちょっとなりたいと思ってるぜ。でも心身共に不健康だから無理なんだぜ。
まあ、行動を変えれば性格も考え方も変わっていくみたいなアレもあるもんね、やって損はないかもしれないね。なにごとも実験だ。
そんなわけで、年末あたりにハイパー陽キャのパーリーピーポーになってたら褒めてください。
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今月全然書かなかったなと思って勢いだけでつらつら書いてみたけれど、ただの愚痴と独りよがりな性格を披露する散文になってしまった。
清書は偉大だ。次からちゃんとやります。
いやー、それにしても、恥の多い生涯を送っております。
私には普通の家族の生活というものが、まったく、これっぽっちも、一切合切見当つかないのです。
でも失格にはならぬよう、合格まではいかずともせめて及第点を目指して、今後もぼちぼち生きてみよう。
八月の終わり、改めてそんなことを誓ってみたのでした。