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底冷えするいとしの我が家

引っ越しの荷物、椅子なんかを載せられるだけ載せたレンタカーのなかで聞いた
新しい年号、「令和」。
聞き慣れない新しい年号と、新しく始まる二人暮らしに、こどもの頃のクリスマスイブとか大晦日みたいに心がそわついていた。


大学を卒業して2年目。
春から、日本語教師になりたい人が資格をとるために通う
日本語学校の日本語教員養成科に入ることになっていた。
半年間はほとんどフルタイム学生。
もともと、家族と離れて暮らしてみたいと思っていたし、
当時彼にも定住する家がなくて、
これはすごくちょうどいいねということで、
母と約2年二人で暮らしたアパートを出て、
その日本語学校の近くに彼と住むことになった。
アパートを探すのも初めてだったし、
二人暮らしだし、
住んでみたかったまちだし、
それはそれは心踊る大行事だった。

いくつか候補の物件を内覧して、
戻ってきた不動産のお店のカウンターで
二つの物件に絞っていいところと悪いところを
思いつくだけ書き出して最終決議をした。
紙に実際に書き出す人は初めてだと主任(不動産の会社の)が言ってた。
こういうのはみんな家でやるんだろうか。

まだ築1年くらいの新築だったので
台所の台に顔が映るくらいピカピカだったのに私は惹かれ、
お風呂のバスタブが部屋のサイズの割に広くて、
というかそれで部屋がその分狭くなっているんだけど、
壁も木目調で雰囲気がよかったのが決め手になって、当日に契約をした。
お互い持ち寄れる家具家電もないので、
ほぼ一から揃えなきゃいけなかった。

彼のこだわりは乾燥機。
洗濯機を調達する前にいつの間にかどでかい乾燥機を手に入れていた。

白い部屋に合うかもね、と、
背もたれが薄っぺらく丸みを帯びていて木製のほっそい足で立っている白い椅子を2つセカストで揃えた。それに合う大きめの白いテーブルも、フリマアプリで見つけた。私の唯一のこだわりだったかもしれない。

ほかのものはというと、
ベッドもマットレスもカーテンも洗濯機も電子レンジも全部、
彼がフリマアプリを駆使して集めていた。
いかにお得にいいものを揃えるかということに全力になれる人なのでありがたい。
新生活セットのようなピカピカしたものではない、
基本的に誰かが使っていた寄せ集めなのも手作り感があって良かった。


4月1日。春らしい青空が出ていた。
雪は溶けているけどまだちょっと肌寒い。
不動産の会社でカギを受け取って、部屋に向かう。
引っ越し屋さんにはお願いしていないので、
母の車とレンタカーで自力で荷物を運ぶ。
何にもないまっさらな部屋にふたりのものが詰め込まれて、
だんだんふたりの部屋になっていく。
徒歩3分で行けるスーパーから買ってきた冷凍ピラフを、カセットコンロをテーブルの上に置いてフライパンであっためて、タッパーを皿代わりに割り箸で食べた。

まだまだ仮住まいという感じ。
でもここがいつか自分たちの 「家」 になるのかな。
そんなふわふわとした不思議な気持ちだった。


その後2年住んだこの部屋は、一階だから曇りガラスでいつもちょっと暗い、底冷えのする部屋だった。
やっぱり青空が見たい、とこの部屋を出たけど、
嫌いになったわけではない。
年々懐かしさと共に愛おしさが増してくる。
もう、戻れない。
戻りたくはないけど、戻れない。

「令和」という年号の響きに慣れた頃には確実に、
そこは自分たちの愛おしい 「家」になっていた。

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