「うわさのズッコケ株式会社」

「ズッコケ三人組」が大好きだ。40代になった今でも好きだ。6歳の娘にもしきりに薦めているが、残念ながらまだ早いみたいで。だけどいつか読んで欲しくて本棚の見えるところに数冊置くという刷り込み作戦をやっている。

「ズッコケ」シリーズを夢中になって読んでいたのはいつの頃か。10歳だとしても、もう30年は経つ。記憶力の乏しい私でも、「ズッコケ恐怖体験」の冒頭のじめじめとした気味の悪さは忘れられない。物語の天気や季節、商店街の街並みやクラスメートの雰囲気など、「ズッコケ三人組」は一緒に体験させてくれて、それが読者の思い出のひとつとなっていく。そんな魅力がこのシリーズにはあると思う。

今回読んだ「うわさのズッコケ株式会社」も、もちろんそうだ。舞台となる秋の漁港やモーちゃんのお姉ちゃんが通う高校の文化祭、学校の放課後の空気なんかが、読み終わったあとも余韻を残す。そうそう、とびきり美味しそうなラーメンの匂いも。

「うわさのズッコケ株式会社」は、ハチベエ、ハカセ、モーちゃんのお馴染みの3人が釣りにでかけることから始まる。たくさんのイワシ釣りの客を見たハチベエが、ここでお弁当や飲み物を売ったら一儲けできるのではと商売を思いつくのだ。初めは3人で資金を出し合って、お弁当と飲み物を調達し漁港で売る。そしてちょっとした利益を上げる。これはいい商売になりそうだと考えた3人は「株式会社HOYHOY(ホイホイ)商事」をつくることにする。博識でお馴染みのハカセからの提案だ。クラスメートに株券を配り、資金を作る。もちろん儲けることができたら配当金もあるという本格的な試みだ。途中、ラーメン屋の息子、中森くんの提案でラーメンを売ることになったり、無銭飲食をする怪しい大人(のちに有名な画家、島田淡海と判明)と出会ったり、漁港から高校の文化祭へ舞台を変更したりと紆余曲折を経て、最後は「株式会社HOYHOY(ホイホイ)商事」は大成功を収める。
ワクワクするお金儲けのお話だ。物の価格や値段の付け方、儲けの額、配当金の額などもリアルに描写されていて、実際にお金を動かしているような気分になれる。

だけど、子を持つ親となった私が読んでみると、この小学生たちの活躍ぶりにとても感心すると同時に、次々と心配事が押し寄せてくる。子どもだけでお金を扱うなんて、友達のお金で商売をするなんて!ラーメンを作るための火を扱うなんて!!儲けた分のお金を同級生に配るなんて!!!ハラハラしっぱなしだ。
……どうやら私は、すごく過保護なようだ。

ハチベエの両親なんかは資金の援助もしてくれないし、そればかりか、いかに商売が大変か説こうとしてくる。他の親にも出番はない。車を使っての荷物の運搬は手伝うけれど、商売する時に見守ったり、手助けしたりしない。子どもを信じて任しているという状況だ。
もちろん、お話だからそうなっているんだろうけれど、資金を援助しないから、子どもは株式会社を立ち上げようと考えることができた。商売に手出ししないから、試行錯誤して役割分担を考えることができた。無銭飲食の大人に出会ってすぐに大人が対処しなかったから、島田淡海という画家との出会いや物語も生まれた。子どもたちだけの世界には大きな可能性がある。何より失敗や成功が子どもたち自身の経験となって身についていく。
我が娘はそろそろ小学生になる。どんどんと親の手を離れていくようで、寂しくて心配で仕方がないけれど、信じて任せる勇気を持っておきたいと感じた。

それから、子どもの頃は気付かなかったけれど、「ズッコケ」てる3人、そしてお話に出てくるすべての登場人物が人間くさくて、いい味がある。
中でも、ハチベエ、ハカセ、モーちゃんは本当にズッコケている。例えば、ハチベエはせっかちでお調子もの。だけどクラスメートから圧倒的な人気を誇る、、、ってわけでもない。ハカセは博識で理屈っぽい。そしてクラス一の秀才、、、ってわけでもない。モーちゃんはのんびりやでくいしんぼう。だけどみんなを照らす太陽、、、ってわけでもない。
この本の最後のイラストに、株式会社HOY HOY商事のそれぞれの役職が書いてある。ハチベエは「代表とりしまられ役」だし、モーちゃんは「取りこぼし役」だ。しっかり者担当であるはずのハカセさえ物語の途中で拗ねまくって子どもっぽかった。本当にこの3人はズッコケている。

そう。短所があるかわりに誰にも負けない長所がある!大きな夢がある!なんていうプレッシャーが、この登場人物には一切ない。
だけども、それぞれに魅力があって、私たちは3人を必ず好きになる。何かに秀でてなくてもそれぞれの持ち味というものがある。補い合ってなお、綺麗な丸い形にならなくても、お互いを、自分を認めていい。そんなメッセージを実はなんとなく受け取けとりながら、小学生の頃の私は物語を読んでいたのかもしれない。

「ズッコケ」シリーズが好きな私はもちろん、「ズッコケ中年三人組」も手元にある。40歳になろうかという3人を描いた物語だ。この年になってもまだ、3人はズッコケている。ハチベエはひらめきと行動力を活かして実業家になって、、、はいないし、ハカセも研究で賞を受賞したり、、してはいない。モーちゃんも凄腕の料理長、、、、になってはいないのだ。
だけど、それぞれのどうしようもない日常を抱えながらも、自分にとっての幸せとは何かを少しずつかみしめて生きている。大切なものがある生き方をしている。
『だから大丈夫。自分の「ズッコケ」を認めたら、幸せを感じる生き方はできるよ』と、「ズッコケ」たくなかった小学生の私に伝えたくなった。

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