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お洒落に対する罪悪感と躊躇と覚悟の話

 お洒落をする、ということに尋常ではない罪悪感とためらいがある。
 それは過去にブスやら○○(いわゆる差別用語)やらデブやらと言われ続けてきたことにより、こんなに可愛くてお洒落な服を着るのは駄目だ、こういう流行りの服は似合わない、馬鹿にされるに決まっている、と信じ切ってしまっているからだ。
 もちろん自分の中自体にも、似合わないものにお金を使うのは無駄だとか、この歳で垢抜けたお洒落を目指すのは手遅れなのだろうだとか、今さら見た目に気を遣ったところで意味がないとか、そういった考えがあることは確か。
 けれどもやっぱり一番の原因は、積み重ねによって築かれた自己肯定感の低さ(積み重なっている上に築いたと来て低いとはこれ如何に!)だと確信している。
 スカートを穿いたり、髪の毛を染めたり、お化粧をしたりすると、馬鹿じゃねーのと言われる環境で育ったので、十中八九間違いない。
 今もお化粧をするのは苦手だ。まず鏡を見たくないし、どれだけ一生懸命塗ったり描いたりしたところで、完成してみればそれはやっぱり不細工な自分がいるだけ。

 コンタクトレンズの使用程度のことでぎゃーぎゃーと騒いでいたのも、同じような心境から一歩踏み込んだ行動をとったから、それで気持ちが昂ってしまったというのがあったんじゃないかなと、冷静になった今では分析できる。
 コンタクトデビューの日も、眼科から帰ったら案の定「馬鹿じゃねーの」と言われた。昔なら落ち込んだり怒ったりしたかもしれないが、だいぶ大人になったので「そうだよ馬鹿だよ~(軟式globe(軟式さんは「アホだな〜」か!)」と歌って答えることも可能になりつつある。人は強くなれる。
 まあなんにせよ、環境や人のせいにするのもほどほどにしなくちゃいけないとは思っている。思っているだけに近いけど。
 なにを言われたところで受け取る自分の在りかたでダメージも変わってくるので、相手や環境よりも自分を変えるほうが確実だし手っ取り早い。かもしれない。
 ちなみにコンタクトレンズは月に二、三回くらいしかつけていない。外すのは得意だが、入れるのがとてつもなく下手くそなのだ。目が小さいせいだ。努力じゃ目は大きくならないのだ……。

 自分を変えると書いたけれど、そういう行動をするのも今回が最後のチャンスになるのかなと漠然と感じている。
 年齢のこともあるけれど(実際は年齢なんて関係ないことはわかっているが)、正直を言うともう疲れてしまった。
 これ以上頑張ったら死ぬんじゃないかなという予感がある。超新星爆発直前の赤色巨星みたいなものだ。
 でもなるべく爆発はしない方向で、人並みの幸せというものを勝ち取る(勝ち負けでものを見ているから駄目なんだろうな、ということもわかってはいる)野望を叶えたい。頑張れ。
 でもやっぱりちょっと疲れた。

 本当に自分の顔と体形と肌と髪と声とぜんぶぜんぶが嫌いだ。醜形恐怖とはまた違って、第三者から攻撃対象として認識されたこの外見が憎くて憎くて仕方がない。本当は自分の外見を好きになりたかったさ。リーガルハイの整形のお話はめちゃくちゃ胸に刺さったね。
 そして憎くて嫌いでどうしようもないからこそ、自力で改善できる部分は努力をしていかなければいけない。そうやってなんとか体重は落とした。
 でもまだ自分がデブであると思えてしまってならない。BMIがもうすぐ17.5を下回ってしまう。なのに心のどこかで自分は太りすぎていると認識している。数字では違うとわかっているのに、もっとこう、感情的な部分で否定してしまうというか、認めることができない。困る。
 とはいえメンタルクリニックで相談してもスルーされているので、そのあいだはもう太っている認定でいいよ、ということにしておく。
 顔を変えるにはメイクを極めるか、整形手術をするしかないわけだけど、手術はお金がかかるから問題外。メイクは本当に……下手……。お化粧品売り場のBAさんに相談したらいいの? 怖い……。
 私は知人への贈り物のためにシャネルのカウンターで千円のコットンを買い、次の日に高熱を出して寝込んだ女……。ほんとマジで無理……。

 で、だ。
 ここで腐って卑屈になり、さらに引きこもっていたのが去年までの私よ。
 しかし最後の輝き、悪足掻き。蝉ファイナルのごとく力を振り絞って死ぬ気で努力をしてみろと、自分を追い込み追い詰めることに決めた。
 いくら外見が醜かろうと、心までむしばまれちゃあおしまいよ。
 頑張ってるブスと頑張ってないブスなら、頑張ってるブスのほうが好感が持てるだろ!! 的な!!!
 まあ世間は頑張ってる美人や頑張ってない美人のほうを認めるんだろうがな!! そのへんは誤差ってことにしておくしかない!!! だが1ミリの誤差が10キロ先ではとんでもないことになっているのが現実だ!!
 でもまあ、骨格は自力じゃ変えられないが、眉毛の形は変えられる。
 や、眉毛もなんか輪郭しか生えてこなくてとんでもないことになってるんだけど。
 どうして脛毛や腋毛や髭や鼻毛は次々と際限なく生えてくるのに、眉毛は一度抜いてしまっただけで生えてこなくなるの??? 不毛の地なの???

 とね、やれる限り自分と戦うことを続けてはおりますが、やっぱりね、ちょっとだけね、疲れたね。
 いつもは三日で諦めるから、半年も続ければ疲弊するのも当然だ。
 生きてるうちに一度くらいは自分以外の誰かからブスデブバカ以外の言葉をかけられてみたいね。チャンスがあるのかはわからないけれど。わからないから人間は生きているのかもしれないな。哲学だ。

 流行りの服とか着てみようか。でも服に申し訳ない気がするし、どうせ似合わないんだろうなとか考えちゃう。
 買うお金だってもったいないし、流行りがなにかもわからない。今年の流行はなんだろう。リサーチしているうちに冬になってしまうぞ。雑誌を買えばいいのか? そんな金はない。ネットを駆使するか。
 こう考えると、ブスも不健康と同様にコスパが悪い。
 でもやれる範囲で頑張ってみよう。

 ……この、「やれる範囲で」っていうのが悪い癖だ。姑息で狡猾な言い回し。
 今日までなにもしていないのだから、そもそもの範囲が未知数だというのに、わざわざ予防線を張ってなにもしなかった場合に備えている。
 そんなんじゃこれまでの二の舞三の舞四の舞、マイマイづくしのカタツムリだ。
 とにもかくにも蝸牛の歩みでかまわないから、逃げることなく前進していけ。
 最後くらいは逃げ道なんて塞いでしまえ。

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