Prayer (2-Final)
“Prayer is not asking. Prayer is putting oneself in the hands of God, at His disposition, and listening to His voice in the depth of our hearts.”
– Mother Teresa
祈りは求めてはいません。 祈りは、神の御心の中で神の御手に身を置き、神の声に耳を傾けることなのです。マザーテレサ。
街角で祈ることを続ける夫の知人にあったお話の続き。(その1)
帰宅してから、ねぇ、Mr.Novaは何で祈ってんの?と夫、アルゴに聞いてみれば、何か知らんけど、祈ってるね。布教とかではないらしいんだけど、他人のために、世の中のために祈ってるらしい、と言っていた。
日本で駅前なんかで見かけるお坊さん的な感じかなと思ったりもしたけれど、Mr.Novaはお布施的なものを求めはせず、ただ祈っているのだという。何が彼を駆り立てるのだろうかと思ったけど、そりゃもちろん、神様とか信仰心よな、と即座に自分で自分にツッコミをいれた。
庭に出てジントニックを飲みながら、考えた。私は、少しばかり酔っ払いながら答えもでないようなことを考える時間が好きだ。
見返りもなく、誰とも知らぬ人たちのために、世の中に祈る。そんなこと普通はなかなかできない。というか、しようと思わない。Mr. Novaは30代くらい。余計なお世話だろうが、見た目もよく、本職は教職である。望めば女のコなんてよりどりみどりなんである。でも彼は祈りを捧げるために毎日、街角に立つ。そんなんしてたのイエスキリストとかブッダだけじゃないの?きっと世の中には、そういう人がいっぱいいるのかもしれないねぇと考えていたら、ぼんやりと思い出したことがあった。
数か月前に日本に住む友人からのライン。「村上和雄先生が亡くなられて、今、動画が無料で公開されているから見て。ちなみにリンクは今日までだから!」というもの。彼女はいつだって唐突なのだ。浅学な私は、「はて?村上和雄先生とは?」と思った。お名前すら存じ上げなかったのでネットで調べてみた。村上和雄先生は分子物理学者の方で、「思いが遺伝子の働き(オン・オフ)を変える」という仮説を科学的に証明するための研究をなさった方。「祈り」についての科学的なアプローチを行った方なのだ、ということを知った。
なるほど。科学者なのに、祈り。分子物理学なんてかっちり数字、きっちり理論の分野にいた方がそんな研究をしているというのにとても興味をもった。友人は私のツボをよく心得ているのである。友人が送ってくれたリンクから、映画「祈り~サムシンググレートとの対話~」という作品を見た。とても興味深い映画だった。
Mr.Novaとの出来事、そしてその時、友人が教えてくれた動画。なるほど、祈りの力ねぇ、と改めて考えてみたのである。
オフィシャルサイトからのまんまの引用で申し訳ないのだけど「笑い、愛、感動など心の働きが遺伝子をオンにするという研究結果を受け、祈りが遺伝子に与える影響をつまびらかにする科学ドキュメンタリー。村上教授をはじめ、ホリスティック医学の世界的権威、細胞生物学者などの証言を基に、多角的に祈りを分析し、意識研究の第一線に迫る。という作品。
私は心理学を専攻していた。博士号過程の四分の三くらいは終了していたから(途中で辞めたのだけど)割とじっくりと勉強した方だと思う。私は屁理屈満載の嫌なガキだったので、幼い頃から心理学だとか、哲学だとか、宗教学だとかが好きだった。ので、いろんな文献を読み漁った。実は、宗教学(カトリック系や仏教系の学校では、宗教の時間というのがあるのである)の中高教員免許を持っている。何やら更新とかいるらしいのでもう失効してるだろうけど。
大学、大学院では、実際のところ、脳ってどんな風に「こころ」を作るのか、動かすのか、といったようなことをバイオニューロサイコロジーという分野での研究していたのだが、まぁちっともわからないわよね。どんなに文献を読んでも、どれだけの研究を重ねても、こころというのはきっと永遠の謎なのだと私は思っている。「祈り」にしてもしかり。
その1にも書いたけれど、私もアルゴも特別の宗教を信じてはいない。でも、例えば、アルゴがスペインの巡礼路を歩いた時の出来事や、意識不明で起きないと言われた友人が目覚めた話だとか、手足を失った友人の足が伸びた話とか。祈りとか願いって「なんかある」と思っている。でもその「なにか」が何なのかはわからない。信じている人はそれを神様の力というのかもしれないし、神がいるからこそのものだと断言できるのかもしれない。
でも私は、確信、断言できるだけのものを持っていないので、村上先生のおっしゃる通り、「思いが遺伝子の働き(オン・オフ)を変える」のかもしれない。だとしたら、人間ってやっぱ謎ばっかりで面白い。
ただ私の言えることは。Mr.Novaと体験した祈りの瞬間というのは、不思議なもので、なんとも説明ができない。ただ、ただ気持ちが綺麗になるというか、洗われるというか、とにかく「美しい瞬間」であったのだ。
今回のお話の冒頭にあげたガンジーや、マザーテレサの言葉の引用。そしてMr. Nova。彼らの持つ信じる力、祈りの力というのは、真摯だ。だからこそ強く、美しい。
私たちは、毎日が「当たり前」のもので、なんだかんだと、日常の雑事や仕事、人間関係に追い回されて、自分では気が付かないうちに疲弊しているのかもしれない。そんな毎日の中でふと足を止めて、改めて考えさせられる瞬間に出会えたことはとても幸いなことだったなぁなどと私は思う。私は彼らのように祈ったり、信じたりはできないでいるけれど、それでも信じる人、祈る人のまっすぐな想いは、空気を震わせ、その振動が心に通じるものなのかなぁなどと思う。
(終)
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