信長を演じた名優 2

NHKの大河ドラマ「黄金の日々」(1978年)では「太閤記」(1965年)で織田信長を演じて大人気だった高橋幸治さんが再び信長を演じていました。「黄金の日々」で主役の助左衛門が織田信長に舟の上で声を掛けられるシーン、「お主、武士にならぬか?」と言われて商人になりたい助左衛門は断ります。前回も書いた通りで少年時代の私はこのシーンを見ていて緊張しました。信長が怒り出すのではないか、と思ったわけですが、織田信長は怒ることなくその場を立ち去りました。これが歴史上の実際の話だとしたらどうでしょう。信長のそのような申し出を断るというのは当時であれば命懸けのこと、場合によっては捕らえられて首を刎ねられるかもしれません。この場面では、信長は自分の好意を断られて面白くないので一瞬不機嫌になるものの、所詮は下郎のこと、ということでお構い無しにするといった感じでしょうか。高橋幸治さんの演技はそこが絶妙で、助左衛門の返答を聞いても無表情で何を考えているのか読めず怒り出すのかと思いきや、取り合う程のことでもない、とそれ以上は相手にせず、助左衛門が信長にとって歯牙にも掛けない相手であるというところを巧く演じていました。この場面の信長を他の俳優が演じたらどうでしょう。商人になりたい、と言って断った助左衛門に対して微笑みを浮かべて「良かろう、せいぜい励め」とか「日本一の商人を目指せ」とか、はなむけの言葉を送るのが定番ではないしょうか。信長は一般的に知られているよりも人情味があるエピソードも多く残っていますが、しかしこの場面は少なくとも緊張感が無ければ嘘だと思えます。高橋さんの信長はそこが巧かったと思います。ここまでの話は私の小学生の頃の記憶の話なので間違っているところがあるかもしれません。何せ40年以上も前の記憶でその場面を見返したわけでもないので。しかし高橋幸治さんのそんな演技を裏付ける場面をユーチューブ動画で見ることが出来ました。「黄金の日々」で宣教師と初めて謁見していた信長が雑兵の首を刎ねるという場面です。これは実話のようで、信長が普請場で雑兵の首を刎ねたという話が宣教師の残した記録にも残っています。ドラマでは宣教師の話を聞いていた信長が、宣教師の後方で貴婦人にいたずらをしている雑兵に気付いて「下郎、手を放してやれ!」と声を掛けて「なんや」と振り返った兵士の首を刎ねます。この場面、信長はつかつかと足早に歩み寄って声を掛けて振り返った雑兵の首を刎ねました。私が監督だったら、信長はゆっくりと小姓から刀を受け取って悠然と歩み寄り無言で首を刎ねる、という演出にしたいところです。そこまではともかく、雑兵の首を刎ねた後の信長の表情です。首を刎ねた信長が刀を収めて歩き去るところまで信長の顔がアップのスロー映像で映されます。無表情で刀を収め、何事も無かったかのように歩み去る信長。このときの高橋信長の表情。これこそ信長だ! と私は大いに感動しました。

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