[ロボ実験記録] 化学実験(高分子・有機系)の自動化に向けた独断ロードマップ(のメモ)

はじめに

化学実験、特に高分子や有機分子を合成する作業を、ロボットやAIで自動化する目論があります。

サムスンなど、自動実験で先行している組織も多々ありますが、勉強も兼ねて、筆者の頭の中でロードマップを組み立てています。
大した機密情報ではないことに気づいたので、公開記事としてまとめることにしました。

実験操作の整理

化学実験の操作は多岐にわたります。
Youtubeで有機合成の動画がアップロードされています。何もかもを、正攻法でやろうと(ロボットで真似ようと)すると、大変なことになります。


そこで、筆者の独断と偏見に従い、化学実験を行う上で重要と思われる操作やロードマップについて、書き出しました。

重要そうな実験操作

一連の操作を組み合わせていくと、少しずつ、実施可能な実験の幅が広がります。

ロボットで行える実験操作を、フェーズに分けて説明していきます。

フェーズ1: 大気条件下での液体の混合

マイクロピペット、スターラー(撹拌・加熱)を使えれば、最小レベルの化学実験を行えるようになります。

できること

  • 液体の混合

  • 水や酸素の影響を受けにくい反応

できないこと

  • 固体の添加

    • 人間が予め、固体を溶かした溶液を調製する必要

  • 水や酸素に弱い反応

    • 有機化学反応の場合、概ね9割以上のケースで脱気や脱水を求められる気がします

想定されるメリット

  • 単調作業の自動化

    • 液体の比率をひたすら変える実験

  • 再現性の担保

フェーズ2: 不活性条件での液体混合

有機化学反応の大半は水や酸素の影響を受けるので、適切に除去してあげる必要があります。
対応策として、反応容器にゴム栓などをした上で窒素やアルゴンガスをバブリング(不活性条件化)するのが基本です。

このフェーズでは、いくつかの追加操作が必要になります。

  • サンプル瓶へのゴム栓の装着

    • 市販装置を買うか、自作するか。

  • 注射針の操作

    • あまり良い装置が販売されていないので、機構を自作する必要がありそうです(参考)

  • バブリング

    • 注射針を指して不活性ガスを注入する機構

  • ガラス器具の移動

    • 汎用ロボットアームに上記の全ての操作をさせるのは、ロボット科学的にもかなりチャレンジングです

    • 代わりに、「ゴム装着」、「注射針」、「バブリング」装置類を組み立てて、そこにアームでサンプル瓶を移動するシステムにした方が実装難度が低そうです

    • つまり、サンプル瓶を掴んで移動する機構があると便利です(参考)

できること

  • 大半の有機合成実験 (※ただし固体の秤量などは人間が予め行う)

できないこと

  • 固体の添加

    • 人間が予め、固体を溶かした溶液を調製する必要

  • 合成したサンプルの精製類

グローブボックスなどに装置をまるごと入れるというアイデアも有りです。

このフェーズあたりから、使用する器具類が増えるので、ロボットアームをモバイル化する必要が出てくるかもしれません。

補足
バリバリの有機合成系では、チューブに液体を流して反応を行う、フロー合成装置が存在します。自動合成の定番であり、完成度も高いようです。

ただ、筆者の専門分野(高分子)の反応では、反応容器の粘度が上がったり、固体が析出する系が多いです。そのため、反応中にチューブが詰まる、洗浄が大変などの課題が発生する(?)ようで、利用している人を見かけません。

フェーズ3: 固体のハンドリング

合成実験を完全に自動化するためには、固体をうまくハンドリングする技術が不可欠です。具体的には、粉体などの固体を精密に量り取って秤量する必要があります。

粉体の秤量を人間と同じやり方(正攻法)で行うのは、チャレンジングです。以下の動画が参考になります。

代わりに、専用の粉体排出システムを作るアプローチが多く使われているようです。

ただし、粉体ごとに粒度や硬度が異なるので、万能な秤量システムを構築するのは、現時点では極めて困難との印象を受けます。
水飴のような粘性固体のハンドリングも高難度です。

フェーズ10: 精製

有機合成反応で面倒なのは、試薬の仕込み操作というよりはむしろ、反応後の後処理です。
分液、ろ過、カラムクロマトグラフィー、エバポレーション、減圧乾燥、サンプル回収など、面倒な操作が多々存在します。

分液ろうとなどは、いかにも人間用に特化した形状をしているので、器具設計から考えなおした方が良さそうです。

エバポレーターの形状も複雑なので、代替機器を使った方が良いかもしれません。

精製は非常に大変なので、現状、ロボットタスクとしての優先度は低めです。

フェーズX: 計測

記事では殆ど触れませんでしたが、合成中 or 済みのサンプルを、各種計測機器で自動計測する作業も必要です。
計測機器に専用の治具類を付けつつ、汎用アームでサンプルを詰めていくスキームになると思います。

フェーズY: 全自動化

実験操作を全自動化するためには、ロボットアーム(手足)の実装に加えて、意思決定をするアルゴリズム(頭)が必要になります。
意思決定においては、大規模言語が鍵を握る筈です。

化学実験では、サンプルの様子に応じて臨機応変に実験操作を変えることもあるので、最終的には、実務経験に裏打ちされた高度な判断能力が求められます。
また、ガラス器具の3D形状などを把握可能なマルチモーダルな基盤モデルを作っていく必要があります。

両輪としてのロボット系に加え、シミュレーション、模倣学習などの技術が活躍しそうです。

また、分子・材料の設計の判断では、マテリアルズ・インフォマティクス、ケモインフォマティクスとの融合が見込まれます。

関連したところでは、IBMが数年前に自動システム?を発表しました。ただ、最近はあまり話題に挙がらない印象です。

最後に、実験結果を大規模言語で要約すれば、論文執筆の必要もなくなるかもしれません。

まとめと展望

有機系の反応をロボットで代行するための独断ロードマップ(2023年9月版)を作りました。
大気条件の液体操作 → 不活性条件の液体操作 →→ 固体操作 →→→ 精製
というフェーズで進めるのが良さそうな印象です。

この領域、遠目には激戦区の研究に見えますが、現時点では思いのほか、ど真ん中のプレイヤーが少ない印象です。
化学xロボットxAIの三領域を触るのが好きな人が、まだそこまで多くないためではないかと思われます。
新しい人が参入して、どんどん成果がオープンになっていくと、嬉しい限りです。

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