酔いから始まる、恋
わたしを振り返る。
ただ、それなりに成績もよく、優等生だった中学時代。
親にとってわたしは自慢の娘で、わたしもそれが誇らしかった。
だけど勉強は「好き」ではなかった。やればできたし褒められるからやっていたけど、何かを知りたいだとか、何かを学びたいと思ってやっていたわけではない。
いつの間にか、他人の期待に応えようとするのが当たり前になって、自分の存在価値を他人からの評価で図るようになってしまった。
所属するグループも、恋人も、バイトも。
いつしかわたしは、「こう見えてほしい自分」を作ることに執着していたように思う。自分でも、気づかないうちに。
*
そんなわたしは、大学受験に失敗している。
自分はこの程度だったのか、とひどくがっかりした。
浪人する目的も目標も気力もなく、母にそう伝えたときは複雑そうな顔をしながらも、何も言ってこなかった。
大学生になって、新入生歓迎会に参加した。
ダーツバーやらミラーボールのついているキラキラな空間やら。
浪人もせず、チャラチャラして、これ以上頭が悪くなったら終わりだと思った。飲み会でお金が消えるのも嫌だった。もっと違うことにお金を使う方が、賢い。
たぶん、ノリについていけなかったので、「自分はそんなバカな使い方はしない」と、そう思うことで自分が傷つかないようにしていた。ほんとうは少し寂しかった。
勉強が好きではないくせに、バカだと思われるのも嫌だし、かつてのように人に評価されているわたしでありたいと願い、必死に「しっかり者」に見えるはりぼてを守っていた。
軽音楽のサークルには興味があった。ギターをしている女の子に憧れた。バンドの曲が好きだった。
カラオケで、しばしばギャップを褒められていたから、歌声を披露することにも憧れがあった。
しかし、そのサークルのバーベキューでは、萎縮してしまった。初心者がイキれない。楽器未経験だし。
この曲を弾けるようになりたい、もなかった。「音楽」に魅せられたのではない。「楽器をやっている自分」を想像して酔ったのだ。
その中でも、自分に良くしてくれた先輩はいた。
自分に好意的だと感じていたし、悪い気もしなかった。毎日連絡をとり、出かける誘いにも積極的だった。ただ、ずっと一緒にいたいとは思えなかった。
応えないけど、モテちゃう女になった気分だったんだと思う。
・・どんな人だったら、一緒にいたいと思ったのだろうか。
*
わたしの恋は憧れだ。違う世界の人間に惹かれる。チャラそうで、毎日が充実していて、悩みがなさそうで。ほんとうのわたしは、自分の言動で他人の評価が悪くなるのに怯え、どんなに明るくバカに振る舞っていても、暗く、悩みが尽きない。
ある頃、常連客が来るようなこぢんまりとした居酒屋でアルバイトを始めた。高校生不可、みたいなお店で働くことに憧れていた。
ごついオーナーと、とても堅気に見えない厨房の人、男女ともにルックスも輝かしい先輩たち。男の先輩はみんなチャラそうだった。
少し気に入られたいなと思っていたし、バイト終わりに一緒に帰る人がかっこいいと少しウキウキした。
無駄にニコニコしていたような気もする。
ある日、おもしろくて、ノリが軽くて、仲良くはなりたいけどシフト被っていたらラッキーくらいに思っていた人と飲み会の席でキスをした。
少し前から気になっている人ではあった。
ほかの人から「○○どう?」なんて言われたりしていて。
変なことをして笑わせてくれたり、わたしと対等に話をしてくれて、会話が楽しいと感じた。無理のないその感じが、わたしもその世界の人間なんだと思わせてくれる。
そんな人が自分を好きになってくれたら。
かわいいと思われたい。わたしを恋人にしてくれないかな。
この人に選んでもらえたら、自分のこと好きになれる気がするのに。
次の日から連絡をし合うも、お誘いはなく。日々の共有が続いた。
文章はすごく考えたし、絵文字もあまり送らないようにした。
わたしは彼の中でどんな立ち位置なのだろうか?
そんな中、わたしは誕生日を迎えた。アルバイト先で誕生日プレゼントと称してお食事券をもらった。手づくりで、さっき作ったんだろうなというような。少し期待してしまった。告白してくれないかな、と思った。
食事の当日は、いつもは着ないような甘めの服装を選んだ。
期待していてもし違ったら?思っていたのと違うと思われたら?
傷つきたくない、受け入れてほしい。
ご飯の後は公園に行った。手も握られて、いよいよ期待は大きくなった。
そして告白された。
嬉しかった、期待どおりだった、だけど。何を見て好きになってくれたんだろう?もし付き合ったら、思っていたのとは違うと幻滅されてしまうかもしれない。
「がっかりさせてしまうかもしれないですよ」と言葉にしたら、「そんなことないから大丈夫だよ」と言われた。
恋が実って嬉しいはず、期待していたとおりだったはず、なのに何で。
こんなに不安なんだろうか。
ああ思われたいし、こう思われたい、でもほんとうは自分、そんなんじゃないと心の底ではわかっているから、それが暴かれるのが怖い。
そんな状態で好きと言われても、それってわたしじゃないと感じてしまう。だから不安だったのかもしれない。
付き合って3ヵ月くらいたつまで、やんわり拒んで逃げてきた。そういったことが嫌いなんだと思われた。でも違う、上手くできない、彼の望むようにはきっと。がっかりされたくない。
「相手の望むようにできなければってなに?」「わたしは何も悪くないじゃない」。なんにせよ、これからも一緒にいるためには、ちょっとずつおびえ隠れている、「ほんとうのわたし」を見せていくしかないのだ。
ある日、電話越しにどうしてそんな態度だったのかを打ち明けた。この関係が、終わってしまうのではないかと怖かった。
しかし、彼から漏れたのは安堵の声だった。
聴けて安心した、どう思っているのか分からなかったと。
電話が終わったあと、緊張が解けてわたしは泣いてしまった。
この人には、打ち明けても嫌われない。自分の当ては、当てにならない。
夏休みは一緒に花火を見に行った。たくさん、一緒にいたいと思った。
*
長くなったけれど、はりぼて女が落ちた恋は、少しずつ形を変えて、いまも続いている。5年ほどになるだろうか。
自分をたどって言葉にしてみると「そんな風に考えているなんて最低、人を見下しているよ、友達になりたくない」と思うわたしがいて、苦しい。
人から見てほんとうのわたしは最低だと思われるということが、自分でわかっている。隠すために、暴かれないために自分を偽っている。
だけど、いつか暴かれた自分を認めて、さらけ出すことができたなら。
はじまりはどんなだってよかったかなと思えるような気がする。
わたしにはだいぶ難しい。
だけど少しずつ、そんな努力をしていきたいと思うのだ。
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