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『謎の女~ある夏の日編~』

マンションのドアを開けた瞬間、ドキリとした。真夏の太陽の直射が襲い掛かる。いや、オレを一瞬で凍り付かせたのはそれではない。悲鳴だ。わめき叫んでいる、尋常ではない女の声。見ると女が泣いている。エレベーターへ向かうマンションの外廊下で見知らぬ女が地べたにへたり込んで号泣… 慟哭というのが正しいのか、頭を前かがみにして激しく泣いている。小刻みに揺れるセミロングの髪。少女なのか、いや、その甲高いがかすれた声には枯れはてた女を感じる。

オレの気配に気づいたのか、女は一瞬、ぴたりと泣くのをやめた。しかし再び、泣き始める。激しい嗚咽の合間に、何やらぶつぶつと聞こえる。もう死ぬ、死ぬのよ…

ここは13階、まさか、この女がここから飛び降りるのかとハッとして、オレは、ちょっと待ってと駆け寄った。また泣くのをやめる女。しかし再び泣き始める。

「大丈夫ですか、どうしたんですか?」

オレは恐る恐る声をかけた。私なんてもう死ぬのよ、夏のせいだ、全部… アツいんだよ… 夏ふざけんな… 支離滅裂な事を口走りながら泣きじゃくる女を真夏の太陽は容赦なく照り付けている。日の光が強くなればなるほど、女は鳴き声のボルテージを上げ続けているようだ。

そしてついに、女は泣き疲れたのか、ぴたりと動かなくなった。熱中症にでもなってしまったのか、これはまずい、大丈夫? とオレは女の肩に手をかけた。その瞬間、女はキッと顔を上げた。セミロングの髪で隠された女の顔があらわになった。

それは老婆だった。怒りと恨みと哀しみで歪んだ、声とは真逆の疲れ切った顔。

ディヤー!!

最後の力を振り絞らんかの如く、その老婆がオレに襲いかかる。オレはあまりの勢いに圧倒された。

目の下がアツい。ジリジリと真夏の直射がオレを焼く。オレはハッとして目を開ける。そうだ、ここはマンションの… 老婆に襲われてオレは気を失ったのか… 仰向けのまま目を左右、上下に動かす。老婆の気配は感じない。オレは恐る恐る状態を起こす。上半身をねじり、廊下を見回すもそこにあの老婆の姿はなかった。ふと手をついていた右手のすぐ横にセミを見つける。仰向けにひっくり返ったセミのむくろ。セミの顔を初めてじっくり見る。その顔はもう怒りも恨みも哀しみもない、無の顔。オレとセミを夏の太陽がジリジリ照り付けている。

オレはそのセミをマンションの外の木陰に寝かせた。狂った老婆ではなくセミロングの大人しい少女のような、そんなセミがそこにはいた。

             【おわり】

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