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声をかけられなかったあの日のびわ湖

「やっぱり帰ろうかな。」

就活も終わり、大学生に終わりが見えてきた大学4年生の11月。
僕は一人暮らしをする大阪から1時間かけて地元滋賀の大学へ足を運んでいた。
発端は高校の時に付き合っていた元カノのInstagramのある投稿だった。

「11月の学祭で引退します!最後のステージやからみんな見にきて!」

大勢に向けられて発信された投稿。「みんな」の中に僕は入っていない。
最後に話したのは、復縁がしたくて高校の卒業式の日に告白した時。

「わかった。でもそれには応えることは出来ない」

これ以来、彼女の生の声は聞いていない。
成人式では顔を見かけたし、なんなら同窓会で同じテーブルを囲んだけど目が会うことすらなかった。

あれから3年。(僕たちは浪人していたから成人式から3年が経つ)
僕にも新しい彼女がいたし、彼女にも彼氏がいた。
しかし、それでも、忘れかけていた、いや必死に忘れようとした彼女の存在が、
この投稿を見てから急に色濃くなったのだ。

急に膨れ上がった彼女の存在を僕は無視することが出来なかった。
あの投稿を目にしてから、どうやっても掴むことができない幻想を追う日々。

学祭が1週間前になった日の夜、バイト終わりの難波で遠くからグリコの看板を見ながら指を走らせた。

「見にいく!」

一言LINEを送った後、僕より遅い時間にシフトが終わったバイト先の後輩と一緒に難波のまちに繰り出した。


難波のまちに繰り出してから1週間。
凛とした秋の空気の中、僕は彼女の通う大学の正門の前にいた。

「やっぱり帰ろうかな。」

小さな正門をくぐるまでにどれくらいの時間を要しただろう。
学祭の実行委員だろうか、オレンジのパーカーを着た1人の女学生から

「こんにちは〜ようこそ!」

と声をかけられて決心がついた。
弱い秋風に背中を押され、重たい一歩を踏み出して校内に入った。
この大学は4年前にセンター試験で来たことがある。
当時とは全く違う種類の緊張感を抱え、僕は小さな敷地内をゆっくり歩いて、
彼女の立つステージがある校庭へと向かった。

15時からのステージまでまだ20分ほど時間があった。
それでもステージの前には多くの人だかりできていた。
その人だかりから逃げるように、校庭の1番後ろの電柱の横に陣を取った。
ステージ前には観客用に椅子がいくつか用意されており、
席は空いていたがとても座れなかった。
目立たないように、それでいて不自然じゃないように校庭に同化しようとした。


誰も僕のことなんか見ていないのに。


とうとう彼女の学生生活最後のステージが始まった。
洋楽、邦楽に合わせて繰り出されるダンスに言葉を失った。
すごく良かった。
彼女は本当に輝いていた。眩しいくらいに。

僕はどんな顔でそのステージを見ていたのだろう。


最後のダンスが終わるとステージには観客が押し寄せた。
彼女の周りにも多くの人がいた。
その中心で飛び切りの笑顔を見せていた。

その様子を見た僕は逃げるように大学を飛び出した。


何を求めてここに来たんだろう?

そんなことを思いながら、急勾配の坂を下った。
声をかけることなどとても出来なかった。
目も合わせることも出来なかった。

高校を卒業後、彼女はどんな学生生活を過ごしていたのだろう。
僕は何も知らなかった。
少しでも知りたかったのかもしれない。
いや知った気になろうとしたのかもしれない。

セブンイレブンがあった。僕はホットコーヒーを買った。
当てもなく歩いているとびわ湖に出てきた。
僕は湖岸に設置されていたベンチに腰かけた。

「めっちゃ良かった!お疲れ様でした。」

一言だけLINEを送って、コーヒーを飲んだ。
彼女は僕が見に来ていたことを認識しただろうか。
ステージの上から僕の存在を少しでも探しただろうか。

素晴らしいステージだったということを伝えたかった気持ち、
そして、「本当に見に来たんだよ」ということを無理にでも知らせたかった。
そんな僕の弱い気持ちを伝えるための一言だった。

もう少し粘って話せる機会を伺えば良かったのだろうか?
見に来なかった方が良かっただろうか?
何がしたくてここに来たんだろうか?


傾きかけている太陽に照らされるびわ湖を、僕はひとり眺めている。

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