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四国とスペインの巡礼日記 <四国一章> ①トイレに行くのが怖くてたまらん

<第一章>
四国遍路では「発心の道場」と呼ばれている
徳島県を巡り、スペインのカミーノでは全くの
予想外だったフランスの巡礼道を歩きました。
この期間はどちらの巡礼でも、
最初にして最大の難関があります。
本格的な巡礼が始まる前の
心と体の準備となりました。

四国遍路 第一章 発心の道場 
2002年1月29日~2月5日

<第一話>
「リストラお遍路さん」
「不慣れな参拝」
「トイレに行くのが怖くてたまらん」

徳島県、別名「阿波の国」は発心の道場と呼ばれる。お遍路さん達はここでどんなお遍路にするかを心に決める。最初にして最大の難関で「遍路ころがし」と呼ばれる焼山寺への険しい山道もある。

マイクロバスで四国遍路に来ている団体さんに「えらいわねぇ」と何度か褒められた。でも本当に歩いている方が偉いのだろうか。歩いていると、ゆっくりと変わる景色、途中の小さなお堂、古い神社、怖くなるようなご神木、たくさんの犬達、様々な人々との多くの出会いがあり、より多く大きい「ありがとう」の気持ちが起こることは確か。

1月29日 四国到着!
永平寺のある福井県から直接四国八十八ヶ所霊場の一番札所のある徳島に向かった。夕方、徳島県板東駅に着いた。宿を取ってなかったから、さっそく野宿決行。

板東駅は片方にだけドアがついているだけで、夜は冷えそうだ。
駅には、窓からボーっと外を見ているおじさんが一人。
話を聞くと、会社にリストラされて、家、家族、お金を全て失ってお遍路になったのだと言う。リストラ遍路が増えていることは聞いていたけれど、いきなりお会いするとは・・・。

近くのスーパーに夕食を調達しに行くとスーパーのおばさんから初めてのお接待でバナナを頂いた。(お接待とは、四国の方の昔からの習慣で、お遍路さんへの無償の親切の事。それは、食べ物、お金、一夜の宿、車に乗せること等様々な形でお遍路さん達を励ましている。)

四国を南の島の一つくらいに勘違いしていた僕は、寝袋の中まで冷えこむ寒さに震えた。

1月30日 一番札所・霊山寺 → 七番札所・十楽寺
目覚まし時計もないのにすっきりと目が覚めた。リストラ遍路のおじさんはもう居ない。東の空はもう明るみ始めていたけれど、満月が空に浮いていた。満月の朝に出発かぁ。なんだか応援されているようで元気が出た。

さぁて、今日から阿波の国「発心の道場」の一番寺霊山寺からスタート。霊山寺のお寺で掃除をしている尼さんが、お経の読み方や遍路の作法(末尾の「四国遍路の参拝作法」参照)を教えてくれた。

その尼さんは、お大師さん(四国では、弘法大師空海を親しみを込めてそう呼ぶ)をあつく信仰しておられていた。ご自身のお母さんが亡くなられた時も、四国を歩いた時の金剛杖をお母さんの棺桶の中に入れたのだと言う。結婚をしなかった娘からの精一杯の親孝行だったんです、と目を細めていた。

二番寺極楽寺に到着。
まだ朝早いので人も少なく、お遍路作法の練習が気兼ねなく出来た。山門では、坂東駅で一緒だったリストラ遍路のおじさんが托鉢をされていた。

六番寺への途中、お腹が減ってどうしょうもないので、道端の駄菓子屋に寄った。誰も出てこなかった。でも中の部屋からいびきが聞こえるので、大きな声で何度か呼ぶが、駄目。犬がこっちを見るだけ。

ただ豆菓子の袋を一つ買いたかっただけなので、犬にお金を払って一つもっていこうかと思ったが、十善戒(お遍路中に守るべき十の教え)の一つ「不倫盗(ふちゅうとう)」= 「人のものを盗むな」というのに一日目にして少し反してしまうような気がして、しぶしぶ店をでた。
(末尾の「十善戒とその意味」参照)

少し歩くと「お好み焼きどん底」という看板が目に入った。
おでんを食べることにした。すると店のおばちゃん「ご飯もつけようか?」。お願いすると、ご飯どころか、つけもの、お吸い物、サラダ、お茶、そして極めつけは、夕食用の弁当までつけて頂いた。感謝、感謝。七番寺十楽寺の駐車場に廃車バスがあり、そこで野宿できるという情報も頂いた。

六番札所安楽寺までの道すがら、雨が降ってきた。交番に入れてもらってポンチョ(頭からリュックまですっぽり被れるかっぱ)を被り歩いた。安楽寺に到着したのは、納経所が閉まる五時ぎりぎりだった。

菅笠がバックパックに引っかかって邪魔になったので、このお寺に奉納させていただき境内を出ると、今朝のリストラ遍路のおじさんに会った。僕が「早いねー」、と言うと、なんと自転車を盗んでそれに乗って来たのだという。

俺が、豆菓子をがまんしたっつーのに、このおっちゃんは~ぁ、と怒るのも十善戒の「不瞋恚(ふしんに)=怒りを離れ、心を落ち着かせ人を慈しみの目で見ること」に反するので、何も言わない事にした。

次の七番十楽寺にはすぐ着いたが、雨の中をいくら探しても廃車のバスは見つからない。寺中に野宿できそうな場所を探す。山門の上に上がれたので行ってみると、観音様が千体くらい居て、とても眠れそうにない。

十楽寺に電話してみるとバスは工事の為に取っ払ったのだと言う。今日そこに泊まる予定だったことを告げると、うーん、うーんとうなりながら、宿坊の玄関で良ければと、案内してくれた。そして、「火の元さえ注意してもらえれば、宿坊の中で寝てもいいよ」と言って、宿坊を開けてくれた。火の元の注意を十回ぐらいした後、お寺の方は帰っていった。

一人で宿坊の大広間で寝るのはかなり怖かった。特にトイレが怖い。

「お好み焼きどん底」で頂いた弁当をありがたく頂く。これがなかったらその日は食べるものも無かっただろう。

ふと、納経の時にもらう本尊の御影(おすがた)※を六番寺でもらい忘れたのに気づき、次の日の朝、取りに戻ろうと考えた。
 ※御影は各お寺で頂けるご本尊の絵が描かれている縦10センチ横5センチくらいの白い紙のこと。88枚集めると掛け軸にできる。

四国の優しさを感じた日。
般若心経もたくさん唱えた日。
そしてトイレ行くのが怖かった日。

<第一章>第二話へ
「少年の目を持つおじいちゃん」
「遍路ころがしで本当に・・・」
「不思議な夢を見た」


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巡礼参考情報
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<四国遍路の参拝作法>

①山門にて合掌し一礼する。
山門までお迎えに来て下さり、
帰るときは見送って下さる仏様への礼だという。

②鐘をつく
お参りの前につく。出鐘(でがね)は縁起が悪いといわれる。
出る金より、入る金がいい、と。

③手洗い 手と口を清める

④本堂に行き 納札、写経(持参の場合)、線香(三本)、ロウソク(一本)、お賽銭をあげる。ロウソクは心の灯す智恵。線香は仏様を香でおもてなしすること。お堂に備え付けの鐘がある場合はそれを打つ

⑤念珠をすり、合掌してお経を唱える 
順序は: 合掌礼拝 > 「うやうやしくみ仏を礼拝したてまつる」と唱え >開経偈 > 懺悔文> 三帰> 三竟> 十善戒> 発菩提心真言>
三摩耶戒> 般若心経> 御本尊真言(三辺)> 光明真言(三辺)> 
高租宝号(三辺) > 回向文 > 
そして先祖供養、家内安全、家族、親戚、友人、縁のあった方々の為に祈り、一番最後に自分のお願い(ある人は)をする。この順序は定式ではなく、自由な形で行われるが、般若心経と御宝号は欠かさないようにする。大師堂では、御本尊真言は唱えない。

⑥大師堂でも同じようにお参りする。

⑦そして、納経をする人は、納経所へ。
ほとんどのお寺で、午前七時から午後五時までが納経の時間となっている。

⑧お寺を出る時にまた山門で一礼する。

<十善戒とその意味>

【不殺生】殺生しない。生きとし生ける者は幸せを求めている。もしも暴力によって生き物を害すならば、その人は幸せを得ることが出来ない
【不偸盗】盗みをしない。与えられていないものは、何であっても、またどこにあっても取ってはいけない。また他人をして取らせることなく、他人が取るのを認めてもいけない
【不邪淫】邪淫はしない。性欲に流されすぎないようにすること。不倫(他人の妻、夫)は決していけない
【不妄語】嘘をつかない。誤った言葉や、悪意や敵意を持って言葉を使わないこと。偽り、真実でない、ありもしないことを言ってはならない。また他人をして言わせたり、容認してもならない
【不綺語】お世辞をいわない。無駄に飾った言葉を言わない。へつらわない
【不悪口】悪口を言わない。人を傷つける言葉を言わない
【不両舌】二枚舌を使わない。誰に対しても真実を話す
【不慳貪】欲張らない。貪りを離れ、つくしあい、分かち合う
【不瞋恚】怒らない。怒りを離れ、心を落ち着かせ人を慈しみの目で見る
【不邪見】誤った考えを起こさない。
邪(よこしま)な見方を離れ、物事の本質を見るようにする

参考文献: 
「梵行」 石手寺
「四国遍路ひとり歩き同行二人」 へんろみち保存協会
一番寺霊山寺でもらった小冊子「四国遍路の参拝作法」

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