詩歩

文章屋、積読屋です。編集学校 「守」「破」44期生。

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最近の記事

ブッカソンがおもしろい

先月、以前住んでいたコミュニティハウス「アオイエ」で開催されたイベント、ブッカソン(Book-a-thon)が楽しい、かつ、どこでもお手軽にできるイベントだったので、色んな人とやってみたいという思いで、メモ。 東京から和歌山に戻った今、本屋さんもない地域で、なかなか周囲で本の話が出来る友達を探すのが難しいんですよね。(地方あるある?) 「でも、ブッカソンなら、どこでもできるし、オフライン・オンラインハイブリッド開催なんかも出来る!めっちゃいい!」となっている人の記録です。

    • なぜ、写真を撮っているのか、改めて考えてみた。

      最近は、Wasei Salonの限定公開でしかブログを残していなかったので、たまには外部投稿で記録を残しておきたいと思った。 考えたことは、数年後、いや、数日後でも忘れてしまって、ちっぽけな悩みもとても嬉しかったことも、よっぽど思い出にならないと、こぼれ落ちていってしまう。 だから、少しでも記録していきたい。 *** 2013年、何を撮っていたのか、カメラに出会った頃。 次の誕生日を迎えると、ついに写真を始めて10年を迎える。15歳、高校1年生の春、なけなしのお小遣

      • 歴史のバトンを繋ぐこと、物を買うということ。

        書斎に置く家具や照明を買うために、古道具屋さん、家具屋さんを回っていた。ネット上でも、ヤフオクやメルカリを見て回って、ついにインスタの広告は、アンティークショップだらけになった。 ただ、本当に欲しいものは高い。だから「どうせ同じようなデザインがあるなら、少しでも安く楽天かAmazonで買おう。」そんな風に思っていたわたしが、代々受け継がれてきた家具を買ってみて、全く違った感情に触れた、そんな記録です。 *** 中学生の頃からインテリア雑誌が好きで、蚤の市なんかにも行くよ

        • 自分を超えて大切なものについて

          大親友に子どもが産まれることになった。東京で彷徨い、家がなくなり、思い返してみても、本当に辛い時期を共に乗り越えてくれて、何度も救われてきた、そんな友人に、子どもが産まれることになった。 人生でこんなに嬉しいことがあるのかと思った。いつか、受けた恩を、助けてもらった命を、その子のためならいつあげてもいいと思った。そのくらい、本当に嬉しかった。 世界は、とても大変な時期で、この世に生を受けてからも、きっと死にたくなるほど辛くなる時があると思う。だけど、そんな時は、名前も知ら

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        • dokushomemo
          4本

        記事

          変化すること、しないこと

          これまでのわたしは、大なり小なりお付き合いしてきた人に「影響されるタイプ」だった。 それを「彼(彼女)に染まる」という表現をするそうだ。 影響を受けること、それ自体は、新しい世界への入り口として嬉々として受け入れてきた。その人がいなかったら、知ることのなかった、ギター、映画、本、お酒、たくさんのものをもらっていたから、それが悪いことだとか良いことだとかの認識はまるでなかった。 しかし、ふと、自分の趣味だけでなく、服装や態度までもが影響を受けていることに気付いた瞬間があっ

          変化すること、しないこと

          「ごめん」の代わりに伝えたかったこと

          「運転してもらってごめんね」「今日は電話できなくてごめんね」 いつからだろう、何に対しても開口一番に謝罪をするようになったのは。いつからだろう、ごめんの気持ちが分からなくなったのは。 「そんなに簡単に謝らないでほしい」。付き合った当初、彼に気を遣って、嫌われたくなくて、無意識にごめんごめんと口を突いて出ていた。 そういえば、何かにつけて、私たちは「すみません、こちらでお間違いないですか?」「その日は予定があって、すみません」「申し訳ありません、メールをお送りしてもよろし

          「ごめん」の代わりに伝えたかったこと

          雨音の響く本屋にて

          唐琴(からこと)という街に、4月29日 12:00、本屋さんがオープンした。 瀬戸内海がくるくると表情を変えていく景色を眺めながら、寄せては返す穏やかな波のように、ひとり、またひとりと本を連れて帰っていく様子を脳内に記憶していく。 「せっかくのオープンの日なのに、ずっと雨で残念だな」そう思っていた矢先、「晴耕雨読、本屋さん日和」とあかしさんが呟いた。 「aru」ただ、そこに在る......雨だって、晴れだって、はたまた曇りだって、この瀬戸内の海は、驚くほどに、プラスもマ

          雨音の響く本屋にて

          「自分らしさ」と「個性」の話

          「自分らしいって何だろう」「わたしにしかないものって何だろう」 自分の名前で活動することが増えて、どうしても、わたしらしさを考えざるを得ない場面が増えて、ずっと、ぐるぐると悩んでいた。わたしには、自分らしさなんてないんじゃないだろうかと頭を悩ませる日々が続いていた。 「自分らしさ」と「個性」は別物 自分らしいものを求められる時、個性を問われる時は、少し違うのではないかということに気付いた。コミュニケーションを振り返ってみると、「この映画どうだった?」「これ、好きそうだよね

          「自分らしさ」と「個性」の話

          服と育つたのしみ

          「ファッションが好き」「服が好き」という気持ちが今まであまり分からなかった。衣食住の中で、一番、優先度が低いのが服だった。もちろん、服を買った時の高揚感、別の自分になった時のワクワクした感じがないかと言われれば、嘘になるけれど、それはどちらかというと瞬間的な消費の楽しみに近いかもしれない。旅行前には都市部にあるZARAでちょっと変わった形のワンピースを買ってみたり、デートの度に古着屋でちょっといい感じのトップスを買ってみたりする。 わたしには、服というのは、ただ「着られたら

          服と育つたのしみ

          器用貧乏になりたい

          「あなたは器用貧乏だから何かに一点集中する癖をつけたほうがいいよ」とインターン先の上司に言われ、「器用貧乏だから、その癖を治さないとうまくいかないよ」というようなことをどこぞのキャリア支援の大人にまで言われてきた。それまでは、器用貧乏という言葉も知らなかったが、大学に入って何度も耳にしたこの言葉にいつしかどんどん自信を無くしていた。器用貧乏になんてなりたくてなったわけじゃないのに、いつの間にかレッテルを貼られた気がして、とても嫌だった。 文章を書いたり、写真を撮ったり、料理

          器用貧乏になりたい

          忘れられた「日常」を拾う

          新しく、カメラを買った。もうかれこれ、フィルムカメラは7台くらい所持しているけれど、なかなかこれというものに出会うことができなかった。高いカメラも流行りのカメラも試してみたけれど、しっくりくるものがないばかりか、古いものなので、すぐに壊れてしまったりする。 昔、CDをジャケ買いして、実際あんまりよくなかったけど、買ってしまったし聞くかみたいな経験と似ている気がする。フィルムは、本当に撮ってみないとわからないし、難しくて、カメラ本体とフィルム、撮影条件と自分の気持ちなど、さま

          忘れられた「日常」を拾う

          「旅」を撮ることができなかった

          9月、地元を巡る旅に出た。大学生のほとんどの夏を海外で過ごしていた私にとって、こんなに窮屈で退屈な夏休みがやってくることは想像もしたくなかった。 今回の旅の舞台は、和歌山県。大阪から1時間で着くにも関わらず、東京の人には、関西だとすら認識されていない土地。そんな未開の地とでも呼べるような地域の、さらに奥地を旅した一夏の話を記録する。 遍歴高校1年生でカメラを始めてから、どこへ行くにも必ずカメラを持っていた。X線でフィルムが感光しないように手持ちで検査をしてもらう空港の検査

          「旅」を撮ることができなかった

          観光学部生、地元、和歌山旅をする。[那智勝浦町]

          「本日の感染者数は300名を超えました--。県を跨ぐ移動はお控えください。」 「GO TO トラベル!!!」 みたいな矛盾がひっきりなしに繰り返される日々のなか、観光学部生らしく、今、できることを考えた末、今年の夏休みは、地元を巡ってみることにした。 それもそのはず、わたしがひっそりとファンのかつおさんの47都道府県巡りの旅の様子を見て、「同じ県でもこんなにグラデーションがあるんだなあ」と気付いたからだった。彼が写した和歌山は、通り一辺倒なみかんや梅だけの街じゃなかった

          観光学部生、地元、和歌山旅をする。[那智勝浦町]

          浮かれた時間の話とすこしのエッセイ

          7月、私は岡山県児島という聞き慣れない地域に一人、降り立っていた。到着するとそこには数多のデニムが連なって揺られている。 自粛期間が明け、県を越えての移動が可能になった月、無類の旅好きとして、何がなんでも、自分の今いる場所を少し離れてしまいたかった。 そうしてふと思い立ったのが、未来チケットとして購入していたfloatへの訪問だった。 岡山駅から30分かけて児島駅に到着し、そこからまたバスに乗る。バスは、1時間に1本しか無いようで、しばし、全国どこにでもあるコメダ珈琲で

          浮かれた時間の話とすこしのエッセイ

          ポートレート的虚構世界

          薄々気付いてはいたけれど、多分、わたしは人間をポートレート作品として撮ることが苦手だと思う。写真に写るその人なんかより、その人の鞄の中や、Spotifyのプレイリスト、本棚、小さい頃の思い出、好きな小説、苦手な食べ物、その人の外側に表出しているものに興味がある。 「人間の凄みを写してやったぜ」「人の弱い部分ってこんな感じ」みたいな表情をするような作品撮りは好きじゃない。そんなものは、無理やりに缶詰の蓋を開けて取り出す弱さなのではないか。 弱い部分、暗い部分、いいねのための

          ポートレート的虚構世界

          無目的的旅路において|エッセイ

          梅雨。このご時世にそぐわないキャリーケースをガリガリと音をたてながら引き摺り歩く。旅は、いつ振りだろうか。12月に訪れた真夏のセブ島、それから3月の福岡。海外には、もう半年も行っていない。それに反して、国内旅行からは、まだ3ヵ月の月日しか経っていなかったのか。駅で買ったミルクティーを流し込みながら、リュックに突っ込んできた文庫本を捲る。旅先では、何も特別なことをしない、ただいつも通り喫茶店で本を読むとか、散歩するとか、そういう時間の方が贅沢だと思ってしまうから、案外出不精にな

          無目的的旅路において|エッセイ