読書記録その2 『こんなに深い日本の古典』黒澤弘光・竹内薫

今回の本は、『サイエンス・ライターが古文のプロに聞く こんなに深い日本の古典』(ちくま文庫)です。伯母に薦められて読んだのですが、なかなか面白い内容でした。

この本の魅力

ズバリ、わかりやすいところです。

この本は題名の通り、サイエンス作家の竹内薫さんと、古典のプロ・黒澤弘光さんの対談という形で進行していきます。竹内さんという「理系」の方を対象にしているため、「感覚」や「情緒」ではなく、理路整然とした「説明」がなされています。これがわかりやすい。私は根っからの文系ですが、非常に得心のいく内容でとても面白く読めました。

また、高校の教科書に載っている話も多数取り上げられており、そこも新しい知見を得られたと感じました。また、古典世界の常識なども丁寧に説明されていて、もっと早く出会えていれば、古典の授業も楽しめたのになぁと悔恨が募るばかりです(笑)

また、原文と現代語訳もついているので、お二人の対談を読んだ後、自分でじっくり味わうこともできます。

本書はいくつかの章に分かれています。その中から、私の気に入っている『伊勢物語』の一編をご紹介しましょう。

①あらすじ

在原業平がモデルといわれる『伊勢物語』。「昔、男ありけり」という書き出しは有名です。今回取り上げる「筒井筒」は高校の教科書にも載っており、私も授業で習った記憶があります。幼馴染の男女が結ばれるところから、男の浮気、改心までが描かれています。

さて、その「筒井筒」ですが、さっくり飛ばしてお話の後半、男が浮気する場面をご紹介します。

親が亡くなり、経済的に苦しくなってしまった女。男は見切りをつけたとばかり、浮気相手である「河内の女」のもとへ通います。当時は女の家に男が住む「婿取り」の形だったので、女はもちろん男が浮気をしていることに気づきます

しかし、詰るでもなく、問い質すでもなく。まったく気にしていない様子で、女は河内へ行く男を送り出します。浮気相手のもとへ行く夫を、何故? 「女にも浮気相手がいて、俺を送り出した後、2人でよろしくやっているんじゃないか?」そう疑った男は、ある日、出かけるフリをして、こっそり家の中を伺うことにしました。

すると、男が家を出た後、女が念入りに化粧を始めました。「やはり浮気相手が来るのか?」女は、化粧を終えると少し物思いに沈んだ様子で歌を詠みました。

風吹けば沖つ白波たつた山夜半にや君がひとり越ゆらむ

具体的な解釈は本書に丸投げしておきますが、「君」というのはもちろん男のことです。はるばる河内まで行く男を心配する歌でした。とすると、念入りな化粧も俺のためか。そう気づいた男は、途端に女のことが愛おしくなり、河内の女のもとへ通うのはやめましたとさ。めでたし、めでたし。

こんな感じの話です。ちょっと私の意訳も混じっていますが、とりあえずハッピーエンド。

②『大和物語』との比較

同じ平安時代の作品に、『大和物語』というのがあります。この中に、この「筒井筒」とほとんど内容が同じお話があるのです。

『伊勢物語』の方は、男側の視点で進みます。女の心情は描写されません。なので、読者は男と一緒に「女はどう思ってるんだ」と探っていくことになります。しかし、『大和物語』では「女は嫉妬してたけど、悟られないよう我慢してたんだよ」とあっさりネタバレをかまします。さらに、女の嫉妬の描き方が激烈。

かなまりに水を入れて、胸になむすゑたりける。あやし、いかにするにかあらむとて、なほ見る。さればこの水、熱湯(あつゆ)にたぎりぬれば、湯ふてつ。

女が金椀に水を入れ、胸に当てたので、男が「何するんだ」と見ていると、金椀の水がたちまち熱湯になったのです。嫉妬の炎で。どっひゃーて感じですね。私としては、これを見て「いとかなし」、とても愛しいと思った男もなかなか肝が据わっていると思います。

また、『大和物語』では「河内の女」にも触れられています。

女とよりを戻してしばらく経ってから、男は久々に河内の女のもとを訪れました。しかし、長らく来ていなかったために気が引けて、とりあえず門の外から垣間見することにしました。すると、自分と逢うときには良い着物を着ていたはずの河内の女は、なんともみすぼらしい身なりをしており、あまつさえ自らの手で飯を盛っているではありませんか。河内の女の庶民のような行為に嫌気がさし、男はそのままよりを戻した女の家へ帰りました。その後、男が河内の女を訪れることはありませんでしたとさ。ちゃんちゃん。

こちらでは、河内の女の様子や行為に男が幻滅して浮気をやめています。浮気をやめた心情としては、はっきり「こいつは無理」と思う出来事があるだけ、『伊勢物語』よりもわかりやすい……の、かな……? みなさんはどうですか?

結局、『こんなに深い日本の古典』・「筒井筒」とは

今回の総括です。

・本文の説明が論理的でわかりやすい

・『伊勢物語』は『大和物語』と比べ、上品な印象

また、最後の河内の女を訪ねるくだりは、私が学校で習った内容を思い出して書いたものであり、本書への収録はございません。ご了承ください。現代語訳はSchool Study’um様を参考にさせていただきました。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。今回はここまでに致しましょう。それでは。

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