植田かもめ@未翻訳ブックレビュー

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植田かもめ@未翻訳ブックレビュー

世界の本について執筆。 新潮社「Foresight」寄稿連載 https://bit.ly/3iIOd8R 「翻訳書ときどき洋書」寄稿連載 https://bit.ly/3COK3El メインブログ「未翻訳ブックレビュー」 https://bit.ly/3yV2HZa

マガジン

  • freestyle読書日記

    「おまえたち、私と一緒に祈りたいのかね?」「僕たちが決してお祈りをしないことは、ご存知のはずです。そうじゃなくて、僕たちは理解したいんです。」 (アゴタ・クリストフ「悪童日記」)

最近の記事

宇多田ヒカルはパブロ・ピカソである

結局、宇多田ヒカルが一番つよい。 デビュー25周年ベストのSceince Fictionを聴くと、ひとりのアーティストの表現世界がこんなにも広くて深い事に改めて震える。宇多田ヒカルは今、いくつめの覚醒形態なんだろうか。もしエヴァンゲリオンやドラゴンボールのように宇多田ヒカルがキャラクター化されるとしたら、25年前と今とでキャラデザが全く違いそうだ。 「私だけのモナリザ もうとっくに出会ってた」とも歌っている宇多田はダ・ヴィンチのようでもあるけれど、神童としてキャリアが始ま

    • メタバースより「俺バース」 - ジェニー・オデル、注意経済、折坂悠太

      ジェニー・オデルの「何もしない」(How to to nothing)を読んだ。余暇を含めた全ての時間を換金可能な経済資源として差し出す事に慣れてしまった社会を批判する本だ。カリフォルニア在住のアーティストであるオデルは、荘子や古代ギリシャのエピクロス派の哲学から自らのバードウオッチングの体験までを参照して、現代において「何もしない」でいることの難しさと重要性を説く。 サブタイトルの「アテンション・エコノミーへの抵抗」(Resigting the attention eco

      • ○○についての最も美しい表現

        星野源がアップルミュージックで配信している「Inner Vision Hour」という番組内で、矢野顕子の「愛について」を選曲していた。母子家庭の母と子について歌った名曲。 オリジナルは友部正人で、「6月の雨の夜、チルチルミチルは」というアルバムの最後に収録されている。 アルバムの最初に入っている同名の表題曲もすごい歌で、妻子ある男が、おそらく別の若い女性とともに遠いどこかへ旅立つ歌だ。 「6月の雨の夜、チルチルミチルは からの鳥かご下げて死の国へ旅立った」 「半ズボ

        • 【最近のマンガ話#3】和山やま「夢中さ、きみに」、または、干渉しない多様性という存在しないユートピア

          メインのブログに書いた記事からの転載です。 和山やまの「夢中さ、きみに。」に男子校を舞台にした連作短編が収められていて、その中に「林くん」というキャラクターが出てくる。 彼は周りから見て「よくわからない男」だ。学校の階段の数を全て数えていて、「なんでそんな無駄なことしてんの」と聞かれる。「無駄なことするのってなんかいいでしょ」「無駄なことができるほど自由な時間があるっていうのがなんか、心地いいんだよ」と林くんは答える。「勉強しろよ」とツッコミが入る。 林くんは他にも、パ

        宇多田ヒカルはパブロ・ピカソである

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        記事

          【最近のマンガ話#2】池辺葵「ブランチライン」、または、社会とは値札である

          メインのブログに書いた記事からの転載です。 池辺葵「ブランチライン」の1巻を読んだ。女性ばかり4姉妹の家族を描いた物語でとても素晴らしいのだけど、この記事ではまた本筋とは関係ないところを紹介したい。 主人公姉妹のひとりがはたらく職場に後輩の若い男性がいる。彼が自分の過去を回想するシーンで、両親の会話が描かれる。どうも彼の父親は前妻と離婚して彼の母親と再婚したようで、前の家庭の子どもに対する養育費の話を両親がしている。 その会話の吹き出しをバックとして、キッチンに置かれた

          【最近のマンガ話#2】池辺葵「ブランチライン」、または、社会とは値札である

          【最近のマンガ話#1】「チ。地球の運動について第4集」または、ルールを守らせる側になる面倒くささ

          メインのブログに書いた記事からの転載です。 最近読んだいくつかのマンガについて語りたい事が溜まってきたので、ラフに連続記事にしてみようかなと思う。 まずは「チ。地球の運動について」の第4集。このマンガの主題については以下の記事で以前紹介したので省略する。 巻を重ねても相変わらず面白いのだけど、特にこの4巻を読んで、本筋とあまり関係ないサイドストーリーの設定にものすごく感心した。 このマンガの「悪役」として、C教の教義に反する思想を取り締まる「異端審問官」という職が登場

          【最近のマンガ話#1】「チ。地球の運動について第4集」または、ルールを守らせる側になる面倒くささ

          「本は一冊では本にならない」(#104)

          この記事とても共感した。自分も完全な移り気派だ。最近はさらにひどくて一冊の本だけを集中して読むことができなくて、数冊を同時並行で行ったり来たりしている。 でもそれでいい気がする。「本は一冊では本にならない※」のだから。 ※ブラッドベリ「華氏451」文庫版の佐野眞一による解説から引用

          「本は一冊では本にならない」(#104)

          向田邦子がビヨンセすぎて人生に前向きになれそうだ - 「手袋をさがす」

          またメインのブログに書いた記事からの転載です。 ----- Spotifyのポッドキャスト番組「ホントのコイズミさん」の向田和子ゲスト回を聞いた影響で、2020年に発売された「向田邦子ベストエッセイ」を読んでいる。オリジナル編集のアンソロジーである。 最後に収められた一編「手袋をさがす」が、ものすごく好きだ。「自分らしく生きましょう」なんて言葉は一切使っていないのに、自分らしく生きる背中を押してくれる、またはケツを叩いてくれるエッセイである。「昭和へのノスタルジー」では

          向田邦子がビヨンセすぎて人生に前向きになれそうだ - 「手袋をさがす」

          優しさとはあきらめである - 「春にして君を離れ」by アガサ・クリスティー(#102)

          メインのブログに書いた記事から転載。 アガサ・クリスティーの「春にして君を離れ」を初めて読んだら最高の小説だった。全ページ全センテンス全ワードが好きだ。ポアロは登場せず、殺人事件も起きない小説であり、発表当時はクリスティーが名前を隠して別名で発表していたらしい。 けれどもこの小説は推理小説よりもずっとミステリーでホラーでスリラーだ。なぜなら「自分は他人の気持ちを理解できていないのではないか」という恐怖に訴えかける小説だから。以下、ネタバレありの感想である。 あらすじ主人

          優しさとはあきらめである - 「春にして君を離れ」by アガサ・クリスティー(#102)

          一般向けのAI本の名著リスト

          本を読むのと同じくらい、本のリストを眺めたり作ったりするのが好きだ。メインブログの方に以下の記事を書いた流れで、Spotifyで好きな曲のプレイリストを作るみたいに気楽なノリでブックリストを作るシリーズを始めようかなと思う。 というわけで、上の記事で紹介した本も含めた一般向けAI関連本の名著リストを紹介する。2冊目のBook of Whyだけ日本語版がまだ無い(21年4月時点)。 ↑ドーキンス「利己的な遺伝子」とか、ヴィトゲンシュタイン「論理哲学論考」とか、「ゲーデル・エ

          一般向けのAI本の名著リスト

          「チ。ー地球の運動についてー」は今年のベスト漫画(#100)

          ブログの方に激プッシュする記事を書いてみたのでぜひどうぞ。

          「チ。ー地球の運動についてー」は今年のベスト漫画(#100)

          #99 If thenとマインドハッキングと無能の鷹と

          Jill Leporeのノンフィクション”if then”を読み始める。1960年代に投票行動をデータ分析して操作しようとした「50年前のケンブリッジ・アナリティカ」サイマルマティクス社についてのノンフィクション。 ケンブリッジ・アナリティカと言えば、昨年ベスト本にも挙げたクリストファー・ワイリーのMindfuckの日本語版である「マインドハッキング」が発売されたようだ。 あとマンガの「無能の鷹」を読んだ。これは面白い。

          #99 If thenとマインドハッキングと無能の鷹と

          若林エッセイと独学大全と(#98)

          オードリー若林正恭さんのnoteを購読し始めた。一緒に飲みに行って話を聞いているような気分になれるエッセイでとても好きだ。これとあちこちオードリーをTVerで週末に見るのが楽しみになってる。 あと読書猿「独学大全」届いた。辞書並みの厚さ、という表現があるがこれはリアルに辞書より分厚い。自立する。 あと寄稿連載が更新された。先月出たばかりのキャス・サンスティーンの新作を紹介している。ぜひどうぞ。

          若林エッセイと独学大全と(#98)

          人はみな「自分」という名の精神病棟に入院している患者(#97)

          タイトルの字数が短歌。 映画「カッコーの巣の上で」を見直したらめちゃくちゃよかったのでその話。断片的にネタバレあり。 エトガル・ケレットが昨年来日したときのイベントで好きな映画を聞かれて、1975年公開の同作を挙げていた。自分も今まで2回ぐらい見た記憶があるが、改めてDVDを購入してみた。 有名な作品なので詳細な説明は省くが、ジャック・ニコルソン演じる主人公が刑務所の強制労働を逃れるために精神病を装って精神病院に入院して、権威的な病院の体制に反抗しながら、周囲の患者に影

          人はみな「自分」という名の精神病棟に入院している患者(#97)

          #96 STEM教育時代におけるバイキンマン再評価

          メインのブログの方で、4000字近くかけてバイキンマンの価値を見直す記事を書いてみた。 「バイキンマンはシリコンバレーか深圳に移住すべきだ」 https://kaseinoji.hatenablog.com/entry/baikinman ついでで「世界を変えるSTEAM人材」という新書を読んだが、AのARTSは、単に芸術を指すのではなく人間を理解するリベラルアーツ全般という意味のようだ。

          #96 STEM教育時代におけるバイキンマン再評価

          #95 選択と自由と

          寄稿連載が更新された↓ 「生き残ったアンネ・フランク」が語る、誰も奪えない「選択」の自由 https://note.com/tuttlemori/n/ned25d63e5282 アウシュビッツ生存者のエディス・エガーの本に、無理くり違国日記の話を混ぜ込んでいる。共通するテーマは「人間の尊厳」だろうか。どんな状況になっても、どう反応するかだけは自分で選べるのが人間の尊厳。