見出し画像

巻頭の辞「私たちは、本当は何を求めていたのか?」原ミナ汰 『SOGIをめぐる法整備はいま』(3)

 LGBT法連合会編『SOGIをめぐる法整備はいま LGBTQが直面する法的な現状と課題』が発売になりました。本書から、LGBT 法連合会 前代表理事╱現顧問 原ミナ汰さん「巻頭の辞」を公開します。
**********************************

 2022 年11 月19 日土曜日。コロナ禍でしばらくひっそりとしていた早稲田大学文学部の大教室も、その日に限っては、学生をはじめ各地から集結した200 名余の参加者の熱気に包まれた。会場では、LGBT 法連合会のシンポジウム「法整備とSOGI(性的指向・性自認)」が2 年ぶりに対面開催され、第一線で活躍する18 名の登壇者を迎えて、さまざまな側面からSOGI にかかわる社会情勢についての報告と議論が交わされた。

 思えば、オリンピック2020 の開催地が東京に決まり、大歓声があがっていた頃、日本のLGBT コミュニティでは独自の機運が生まれていた。2020 年の五輪開催で、世界の目が日本に向くのを契機に、性的指向・性自認への差別をなくす国内法の整備をなんとしてでも実現したい、という願いである。海外・国内のスポーツ選手のカミングアウトが活発化する中で、2013 年にロシアが同性愛宣伝禁止法を制定。それに反発した人々の間でソチ冬季五輪の参加ボイコットが起きた。国際オリンピック委員会(IOC)が五輪憲章に「性的指向」を加えたのはその翌年である。しかし、その後の世界的なコロナ禍で、東京五輪の1 年延期と無観客開催が決まり、 「日本の存在感を世界に示す」という目的を十分果たせぬままオリンピックは閉幕した。コロナ禍のため国際社会の圧力も弱まり、早期制定を目指して自民党が提案した「LGBT 理解増進法」に対しても、党内で異論や差別発言が続出。この時は、法案の上程は結局時間切れとなった。

 2023 年5 月19 ~ 21 日、日本がホスト国となってG7広島サミットが開催された。G7の中でLGBT を保護する法律がない国は日本だけ。 「ホスト国としての責任を果たすためにも法整備が必要」という切羽詰まった状況なのだが、議会で質問を受けた岸田首相が「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だ」と、なんとも後ろ向きの発言をしたあと、それに輪をかける露骨な差別発言が首相秘書官から発せられ、世の中の関心が再び「LGBT法案成立なるか」に向いてきたようだ。以前なら世間で容認されていた、やみくもな「LGBT 嫌悪」発言が見過ごされなくなり、説明責任を問われるようになったことをみても、社会意識にも大きな変化が起きていることは確かだ。

 当初の計画では、シンポジウムを記録するための書籍刊行だったが、その後の数カ月間で、性的マイノリティへの政治的関心がかつてないほど高まり、国内のトップニュースになることも珍しくなくなった。このため本書は、昨年のシンポジウムの記録であると同時に、刻々と移り変わる政治情勢の中、当事者・アライ(支援者)が切実に求めているLGBT 法制定までの「かくも長く曲がりくねった道のり」を記録した貴重なドキュメントとなっている。

 政治の世界は、各政党や議員の思惑が交錯するため、法制定まで情勢は二転三転し、とかく不透明になりがちだ。そんなとき、本書『SOGI をめぐる法整備はいま』を読めば、性的指向・性自認に関する法整備について最前線の動きを知ることができ、このテーマに関心を持つアライの人々にとっても有用な一冊となるだろう。

 本書の出版にご協力いただいた執筆者の皆さん、LGBT 法連合会事務局の皆さん、そして編集に携わった八木絹さんと、かもがわ出版の皆さんに心から御礼申し上げたい。

 なお、2023 年6月16 日に「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律案」(「LGBT理解増進法」)が、参議院本会議で成立した。内容を見ると、残念ながら、私たちが求めてきた差別禁止法とは大きく異なるものであり、「理解増進」どころか、性的指向や性自認に関するこれまでの取り組みを阻害する動きに使われるのではないかとの懸念さえ浮上している。この法律が、性的指向、性自認、性表現などに不自由を抱えている人々の支えになる方向で運用されるよう注視するとともに、真に差別を禁止する法制度が確立されるよう、あきらめることなく、多くの人々とともに運動を続けていきたい。

2023 年6月22 日

【目次から】
G7サミットに向けた法整備議論(神谷悠一)/日本学術会議提言(三成美保)/結婚の自由をすべての人に(中川重徳)/LGBT法連合会の活動と法整備の課題(原ミナ汰)/教育とSOGII(三成美保)/一橋大学アウティング事件(本田恒平、太田美幸)/女子大学におけるトランスジェンダー女性の出願資格(小山聡子)/筑波大学のガイドライン(河野禎之)/LGBTQ報道ガイドライン(藤沢美由紀、奥野斐)/トランスジェンダー・バッシング――子ども・若者支援の現場から(遠藤まめた)、女性差別に怒っている者として(太田啓子)、ジェンダーに基づく暴力(北仲千里)/国際疾病分類第11版の理解(中塚幹也)/キリスト教の立場から(堀江有里)、仏教界(戸松義晴)、旧統一教会(斉藤正美)、埼玉県の条例(鈴木翔子)、宗教右派と政治のつながり(松岡宗嗣)

LGBT法連合会『SOGIをめぐる法整備はいま』
(画像をクリックすると購入ページにとびます)

#LGBT #SOGI #LGBTQ #LGBT法 #LGBT法連合会 #LGBT理解増進法