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一人でかくれんぼをする

この日の少年はどうしようもなく暇だった。

親も仕事でいなかったし、兄達は部活の合宿で県外に出ていた。

二段ベッドの二階、窓から見る空は青く、雲は厚い。

蝉の声は絶え間なく聞こえている。うるさい気がするが、心地よいクーラーの効いた部屋で、布団の中で丸まっている心地よさの方が勝っているので、それほどでもない。

夏休みの宿題は終わった。気乗りのした時に一気にやるのが少年のやり方だった。面白くないものは一息で片付けるのが良い。

起き上がって一回に行く。冷蔵庫にある炭酸のオレンジジュースをグラスに注いで、テレビを見ながら飲んだ。何を言っているのかはよくわからないが楽しそうだったり、難しそうな顔をしているのはわかった。

ゲームをしばらくした後に漫画を読んだ。それにも飽きるとベッドに行って眠った。柔らかい少年の体もこの堕落で鈍ってきていた。

夕方になり、外は暗くなっていた。

母が買ってきておいたというコンビニの弁当(昼もそうだったが)を食べた。アニメを見ながら食べていたので味は憶えていない。

ふと、仏壇に目がいった。去年亡くなった祖父。お盆には墓参りに行った。少年はこの一年、死について悩んでいた。しかし、最近ではその悩みの深さも浅くなってきた。肉体は消えても少年は祖父の記憶を持っている。すべてが消えるわけではないこと、人は皆死ぬことを考えると、まだ気分は楽になった。言葉にすることはできなかったが、漠然と思っていた。

夕食後、一通り見たいテレビ番組も終わったので、少年は時間を持て余していた。二回も昼寝をしたので全く眠くなかった。

蝉の声は消え、外からは車の音や、少し遠くにある踏切のカンカンとする音が聞こえていた。リビングで椅子に座り、天井をみながらクーラーの風の音、冷蔵庫の唸る音を聞いていた。

眠れないが、思考が働いているわけでもない。

彼は鈍った体をゆっくりと持ち上げ、風呂場に行った。お湯の入っていない浴槽の中で丸まり、内側からカバーをかけた。真っ暗だった。

眼を瞑り、しばらく待っていた。誰かが見つけてくれるような気がした。

しかし、誰にも呼ばれないので隠れる場所を変えた。

祖父の部屋、和室の押し入れに入った。

少し前に母が押し入れの中を片付けていたので、それほど狭くは無かったが、埃っぽい匂いがした。祖父の面影が闇の中で現れたが、それは少年の記憶の中の映像だと少年も気が付いていた。

次は二階のトイレに行った。便座に座ってぼーっとしていると一瞬電気が薄くなった気がした。背後にある窓を見る。すりガラスには夜の暗さしか映っていない。誰も少年を見つけない。

この思い付きにも飽きたので、大人しく布団に入ろうと思った。両親が帰ると約束した時間はとっくに過ぎていた。

ふと、兄の部屋が目に入った。今年から兄の部屋が出来たのだ。

鍵はかかっていないが、絶対に入るなと兄に言われていた。別に興味も無かったので入ろうと思ったことはなかったが、あまりにも暇だったので一度覗いてみることにした。

入ってみたが、別に面白いものは無かった。ゲームや漫画はリビングにまとめて置いてある。特に少年の目を引くようなものは無かった。

クローゼットの中に何かいるような気がした。

少年がクローゼットを開けてみると、去年兄にあげたカブトムシを育てるためのケースが置いて有った。中にはカブトムシの死体が置いて有った。プラスチックは汚れでくすんでいたが、はっきりと見える。

カブトムシの雌雄は離れ離れになり、干からび、ピクリとも動かない。体からは白いキノコが生え、何か少年の語彙では言い表すことができない状態だった。

去年、兄がカブトムシを捕まえて喜んでいた記憶はある。大事に育てるとも言っていた気がする。

吐き気がしたのでトイレに行った。一時間程トイレに籠っていたところを母に見つかり、無理やり寝かされた。

翌々日、再び兄の部屋に忍び込み、例のケースを持ち出した。人に見られないように大きな色付きのビニール袋に入れて公園に行った。

汗を流しながら小さい軍手、小さいシャベルを使って丁寧に公園の土を掘り返し、カブトムシを埋めた。誰にも見つかってはいけなかった。

一仕事を終えた少年は風呂に入り、炭酸入りのオレンジジュースを飲んだ。


その後、兄にバレるのを密かに心配していたが兄は何も言わなかった。恐らく母がやったものと勘違いしているのだろう。

「葬式は死者のためではなく、生きている者のためにするものだ」

という言葉を知るまで、少年は度々この出来事に苦しめられた。

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