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刺繍のこと 『刺繍小説』編2

  「刺繍をしている」と言えば、ほんわかしてる、女の子っぽい、お酒より紅茶がすきそう、といったイメージを持たれてきた。たしかに、わからなくもない。でも、刺繍にもいろんな一面があるのです!

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  書籍『刺繍小説』をつくるリサーチで28冊の刺繍小説(刺繍描写のある小説のこと)を読んだとき、可愛いやガーリーだけではない多種多様な刺繍に出会った。

  例えばジェイン・ジョンソン作『海賊と刺繍女』は、手芸店を営む現代の女性と、17世紀の奴隷となった女性が一冊の図案集をきっかけに時を超えて繋がり、刺繍のちからで逆境を脱していくスペクタクルストーリー。美しい言葉の紡ぎからは、まるで刺繍をこの目で見たような錯覚が起こる。この小説の刺繍はほんわかしている暇は一切なく、ひたすら命や歴史を守る圧倒的なパワーを感じる。アイリス・ジョハンセン作『青き騎士との誓い』でも、12世紀に奴隷となった刺繍職人の女性が描かれている。この話からは、当時の刺繍が男性の仕事であったことがわかり興味深かかった。刺繍職人となるため男性のなかで苦労してきた女性が、『海賊と刺繍女』同様に刺繍のちからで苦難に立ち向かっていく姿は、とてもかっこいい。こういった悪に立ち向かうヒロインは他にもジェニファー・アルビン作『時を紡ぐ少女』などに登場します。

  生業としての刺繍が男性仕事だったことは日本も同じだったようで、あさのあつこ作『風を繍う』や知野みさき作『しろとましろ』には江戸時代の縫箔師(着物などに刺繍を施す職人)が男性中心だったことが描かれている。そのあたりの歴史は資料として読んだ『近代日本の「手芸」とジェンダー』や『手芸の文化史』にも詳しく書かれていた。男性の刺繍は工芸品になるのに、女性の刺繍は手芸品になる、その背景など。これには、少し前のハンドメイドブームや個人の販売サイトが登場したときの、なんでも「ハンドメイド扱い」されてしまう風潮を嘆かわしく思ったことを思い出した。江戸時代と比べると誰でもが参加できるマーケットの存在は進歩だけれど、刺繍の価値をもっともっと多様化させたいなぁと思う。とはいえ、男性の縫箔師を描いた史間あかし作『あやし絵刺繍幻燈譚』なども読んでみると、美しいものを極めることは往々にして孤高で、己を信じる背中のかっこよさに男女は無いなと改めて感じる。

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  刺繍はコツコツひとりで制作をするから孤独で根気が必要だ。私のまわりの同業の友人を見ると意見をハッキリ言う逞しいタイプが多いけれど、やっぱり「刺繍=手芸品」のイメージにはたくさん苦い思いをしながら今に至っているみたい。針と糸を使うだけでチープな枠から抜け出せない雰囲気はずっとあるし(みんなが使ったことある針と糸ってとこが魅力なのにね)、込めた思いではなくサイズやかけた時間を重視されてしまうのもあるある。いくらすてきな本でも刺繍のハウツー本というだけで書店の手芸コーナーにしか置かれない慣習は、私が今回の『刺繍小説』で打破したかったあるあるだ。

  そんな私たちのような現代の刺繍作家をとてもリアルに描いていると感じたのが、三浦しをん作『あの家に暮らす四人の女』。実家で刺繍の依頼を受けている在宅ワーカーの主人公は、刺繍のことを母親にさえ「ちくちく」と揶揄されてしまう。刺繍は趣味の延長のような暢気なものにも見られるし、生まれ持った才能のように映り嫉妬されることも。刺繍そのもののおもしろさや作り手の好奇心を伝えるのは難しいなぁ、と私もよく感じる。『あの家に暮らす四人の女』に描かれるモヤモヤには共感が多かった。けれどイメージを相手にいくら泣き言を言ってても仕方がない。誰かになにかを伝えるには目を見て話すほかないよね、と励まされるシーンがいくつもある。また読みたくなってきた。

  小説のなかで刺繍をするたくさんの人々に出会ったから、私は無敵みたいな気分で刺繍をしています。

  これらの私が見つけた28冊の〈刺繍小説〉は拙著『刺繍小説』のなかで「刺繍のとなりにある言葉」という引用集のかたちで全てを紹介しています。さまざまな価値観の刺繍たち。「これは私のための物語だわ!」と思える一冊をみつけてほしいです。刺繍ってドラマチック!

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