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紹介したいnote記事「夏の残像」

冬月剣太郎 猫詩人🐈さんの「夏の残像」という記事を紹介します。

貴女は海辺を走りまわっていた
高原でも走りまわっていた
わたしはいつもロッキングチェアに座って
貴女を視ていた
夏が終わり
貴女の姿が遠くなり
わたしの姿もかすみはじめる

夏の残像| 冬月剣太郎 猫詩人🐈 (note.com)

 この詩を読んだ時、冬月さんの詩によく登場する「貴女」が思い浮かびました。

 今回の「貴女」が同じ人なのかはわかりませんが、この二作に登場する「貴女」と同じくらいに思い入れのある人に感じられたからです。

「貴女は海辺を走りまわっていた。高原でも走りまわっていた」

 どちらも過去形です。走り回るくらいですから、10代から20代くらいの若さでしょうか。きっと、「貴女」が一番輝いていた頃だと思われます。

「夏が終わり、貴女の姿が遠くなり、わたしの姿もかすみはじめる」

 この「夏」は、二つの意味がある気がします。一つは「ある一年のうちの夏」です。もう一つは「人生のうちで一番エネルギッシュに活動していた時期」を比喩しているのではないでしょうか。

 今年の夏の終わりに、自らの人生の終わりが近いと感じた作者。「貴女」の思い出が日に日に薄くなっていく事からも、一層感じたのかも知れません。だから「私の姿もかすみはじめる」と。

 私がこの詩を美しいと感じたのは、「ロッキングチェア」と言う単語があるからかなと思います。この「ロッキングチェア」と言う一語があるだけで、映画のようなワンシーンが目に浮かぶからです。

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