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紹介したいnote記事「人生の師」

冬月剣太郎 猫詩人🐈さんの「人生の師」という記事を紹介します。

がんになったらお終いだ
そう信じて生きていた
五十を過ぎて
ものの見事にがんになった
その結果
がんこそ本当の人生の出発点となり
それまでの歳月は
本当の人生を始めるための準備期間になった
しっかりと人生計画を立てて
堅実な人生を送ろうと想っても
人生そうは問屋がおろしてはくれない
どこにでも落とし穴が
大きな口を開けて待っている
がん患者の場合
がんが人生の道標(みちしるべ)を教えてくれる
がんこそ
わたしの人生の師だった

人生の師| 冬月剣太郎 猫詩人🐈 (note.com)

 表題は「人生の師」です。「師」とは、師匠であり、先生。人生を生き抜くために、私を教え導く存在です。

 冬月さんにおける人生の師は、「がん」でした。

「がんになったらお終いだ。そう信じて生きていた。五十を過ぎて、ものの見事にがんになった」

 私の母はがんで亡くなり、父は老衰ですが、祖父母もがんで亡くなりました。祖母と母が苦しんで亡くなったのを見ているので、私もがんで死ぬのだろうかと、ぼんやりと考えてきました。

「その結果、がんこそ本当の人生の出発点となり、それまでの歳月は、本当の人生を始めるための準備期間になった」

 50歳を過ぎてからがんになった冬月さんは、がんになってからが本当の人生だと思ったようです。

「しっかりと人生計画を立てて、堅実な人生を送ろうと想っても、人生そうは問屋がおろしてはくれない。どこにでも落とし穴が、大きな口を開けて待っている」

 「まさか自分ががんになろうとは思ってもいなかった」という事でしょうか。告知された時は相当ショックだったと思います。

「がん患者の場合、がんが人生の道標(みちしるべ)を教えてくれる。がんこそ、わたしの人生の師だった」

 がんになって初めてわかる事があるのでしょう。経験者だからこそ実感がこもっています。「がんになったからこそ人生を知る事が出来た」と、恨むどころか感謝している感じです。

 亡くなる方も多いなか、こうして生きていらっしゃるからこそ言えるものがあると。いろいろ考えさせられる詩でした。

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