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いつもより念入りに身支度をして鏡の前を行ったり来たりしていたら、もうずいぶんと時間が経っていた.

肩掛けバッグにチケットとiPhone、新品のICOCAと一万円札を丁寧に入れて、もう一度鏡の前に立ち止まった.リップクリームを塗り直して、もう一度呼吸をする.

「ふぅーっ...、よしっ...」

余計な邪念は取り払いきったところでイヤホンのスイッチを入れ、For Life をリピート設定した.

ホテルの部屋のドアノブに手をかけるまで、起きてから5時間もかかった.

だって、今日は推しのコンサートだもの.

FC会員になりきれずにいるわたしにとっては、一年に一度だけ.今日を終えたらもうあと一年は会えそうにない.朝から何の失敗も許されなかった.

電車に乗り込む前に、コンビニのネットプリントで歌詞カードを印刷しておいた.ファン発の企画には賛否両論あるが、共感できたら参加するのがマイルールだ.

前乗りした京都から大阪までは電車で1時間くらい.折りたたんださっきの歌詞カードを眺めたり、Twitterをスクロールしてドームの様子を想像したり、やることには困らない.でもこういう時、一緒に時間を共有できる友人がいたら良いのになって寂しくなったりもする.切実な悩みだ.会場で会う約束をした知り合いがいるわけでもなく、チケッティングだって自分一人分しかしなかった.もちろん一般販売枠.

初めて降りたドーム最寄り駅.開場時間までまだ少し余裕があったから、混み合うイオンのトイレに並んだ.鏡の前で念入りにチェックする若い女の子たち、この日のために気合が入っているのがよくわかる.コンサートに来たのではない買い物客を見つけることの方がずっと難しくて、どちらかといったら私も“よそ者”に近い雰囲気を自覚しながら当てもなくうろついた.

開場時間15分前にゲートに並び、チケットを用意した.イオンで買った飲料水はまだほとんど口をつけていないが、張り紙を見る限り入り口で回収されてしまうだろうと諦めた.

会場のグッズ列にも並ばず、ストラップの一つも身につけていないから、少し場違いなんじゃないかって気後れしそうになりながらも、長い長いカウントダウンに胸が高鳴って仕方がなかった.

“今年も、来れてよかったよ”

早く早くと待ち望んだ瞬間は、ひどく感情を揺さぶられた.美しさに瞬きを忘れ、よく見えるスクリーンよりもステージに立つ小さい人影をじっと見つめながら、真下に広がる光る海に立っているような確かな実感を得た.たまらなくなった.この光景は、ワタシだけのものだとも思った.待ち望んでいたあの長いながい時間はどこへ消えてしまったのか、今日が終わるのが一瞬であることはイヤでも直面せざるを得ない自然現象だ.

次があるかは誰にもわかりっこない.“また来年も必ず”と自分に約束してあげるだけで十分に思えた.

ひとつ心残りがあるとするなら、準備をしたつもりでいたあの瞬間に、確かな声を出して歌えなかったことかな.あれほど練習したはずなのにね.

2018年 2月23日 ElyXiOn Osaka
一塁側上段2列目某席より

#コンサート