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a cup of milk tea

「今日、結局どうするの…?」
「……ぁ…えっと…お茶を一杯飲みに伺ってもいいですか…?」

昨日の夜、もうすぐ付き合って1年になる彼氏とのファミレス帰りの会話だった。また怒らせてしまって、不機嫌にさせてしまって、黙って夜ご飯を食べつつも手だけ繋いで、2人して(少なくとも私は)半泣き状態のまま帰ってきた私のアパート前でのことだ。

去年の11月、25という自分の年齢=彼氏いない歴だった恋愛偏差値0の私に彼氏ができた。世間的に言ういわゆるメンヘラという部類に属し、精神科に通院中の身であることも理解した上で付き合ってくださっている彼氏だ。
付き合ってから盛り上がったのも1週間ほどで、それからは会議も多くなんとなく話し合いの多い、それでも密度はなかなか高いカップルとしてそこそこ安定期に入りかけているんじゃないかと思っている。なんとなく彼の雰囲気や纏う空気感を未熟ながらも察するようにはなってきた。そして今でこそほとんどなくなってきているが彼は突発的な私のダウナー系…言ってしまえば死にたい言動・衝動の対処法もわかり始めていた。
勿論ふざけあったり普通のカップルみたいにきゃっきゃしたり、おうちデートでも楽しめるし色んなこともした。付き合って4ヶ月の初めての小旅行でペアリングを作ってしまったほどだ。工房の人には4ヶ月には見えない、と言われるくらい密度が高いと思っていた。
先月か先々月には正式に入籍を視野に入れたお付き合いということを改めて2人で宣言して互いに気持ちまで確かめ合って、夢は膨らむばかりだった。それでも昨日、そして先週末も彼を怒らせたり不機嫌にさせてしまったり、一番なりたくない重い女になるんじゃないかというくらいの面倒臭い女になっていた。
たかが1年、されど1年、といったところだろうか。

前述した通り、私たちは付き合ってから会議をよくした。
付き合いたての頃はあまり互いの家には行かなかったものの、彼が部屋を片付けてからは、下宿中の今のアパートが互いに近いこともあって頻繁に行き来することが増えた。よく炬燵で2人並んで話をしたり、炬燵そっちのけで会議の時には謝罪会見をしたり、話す時は必ず彼の家で、私の家で、まずマグカップを用意した。
私が手料理を振る舞った後のデザートタイムにはアッサムティーを淹れてゆっくりと牛乳を注ぎ込んでいく。
会議をして無口な時でも彼の家で言葉を発する前に簡易的なミルクティー粉末と電気ケトル、そしてマグカップに彼は手を伸ばす。
沈黙の中で粉末を溶かしてかき混ぜるスプーンのカラカラとした音だけが響く中で、昨日も私は半泣きだった。

いわゆる倦怠期でもなく、私たちの正反対な性格や強い個性やこだわり、どちらかといえばマイナー主義である私たちゆえの小さなぶつかり合いをして、大抵私が悪いことはわかっているので謝る。
彼はとりあえず飲みなよ、と言う。
このミルクティーを飲み終わったら私は帰らなければならないのかと思えば飲みたくなくなるし、それでも気持ちを落ち着かせるために、口火を切るための一呼吸として飲みたかった。
このミルクティーを飲めばいつもごめんなさいも、言い訳も、意見も、言いたいことも、懺悔も、全部言えたからだ。
そうして熱いミルクティーを一口いただいた後、最近思っていたことを全部話した。話せた。
彼に恋していた私は愛するようになって、彼を思うこと、自分本位ではできないことなのに自己中心なままで、もう彼の前で死にたいと言わないと約束したのにまた死にたくもなったこと、中学の頃から自分のことが嫌いで疫病神だと思っていたから、彼をこのまま不幸に陥れてしまうかもしれない自分への恐怖とか、ぽろりぽろりと涙と一緒に言葉を落として。私が今まで彼に何かしてあげられたことはあるだろうか、いつもしてもらってばかりではないだろうか。そんなことばかり考えていた。
床しか見れなかった私にも、彼が鼻を啜る音は聞こえていた。
恋は1人でもできるけれど愛は2人いなければできないというのは持論だけれど。

初冬に付き合い出した私たちにとっては暖かい飲み物が定番だった。コーヒーが少しだけ苦手な私と一緒の時は、いつもミルクティーがそこにあった。
私たちはもうあと半月ほどで1年を迎える。その1年のなかで、ミルクティーはいつも私たちを時に宥め、時に喜ばせ、時に泣かせた。

恋愛偏差値0の女はそろそろやっと偏差値5あたりにでもなれただろうか。
それを知っているのもまたミルクティーなのかもしれない。

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