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異世界に転生する方法

巷では、「異世界転生もの」と呼ばれる小説が流行っているのを皆さんはご存知だろうか。出版業界は衰退傾向にあると言われ始めて久しいけれど、それでも毎週一千冊以上の本が出版されている。様々な分野の本が出版されているが、その中で出版冊数が多いのは、小説を始めとするいわゆる文学作品だ。その中でも、ひときわ冊数が多いとわたしが感じているジャンルがある。それが「異世界転生もの」だ。書店で平置きにされていることも多いので、見たことがある人もいるかもしれない。

ストーリーはそのまま。主人公が異世界に転生して、人生をやり直すというものだ。転生する方法は色々あるが、事故にあって転生したり、気付いたら転生していたり……というものが多いように思う。主人公が転生前の世界で不遇な目に遭っていることが多い……というのも共通点の一つだ。

さて、皆さんは異世界に転生したい!と思ったことはないだろうか?
実はわたしは、異世界への転生を繰り返している……と言ったら、皆さんはどう思うだろうか?

信じる?
信じない?

かつてわたしは、大陸を旅する冒険者であった。大きな森に住んでいて、その後大草原に家族で移住した少女でもあった。別のあるときには、額に稲妻模様の傷を持つ魔法使いの少年だったこともある。これから先、国内最大級の会員数を誇るオンラインサロンを運営する絵本作家にもなるし、公園でネタの練習をする売れないお笑い芸人になることだってあるだろう。

「え?何の話をしてるの?」

そう思った人もいるかもしれない。というか、多くの人はそう思っているはずだ。わたしは今、「異世界に転生する方法」について話している。

異世界に転生する方法。
それは、本を読むことだ。

「ちょっと何言ってるのか……」

そんなふうに思って、戸惑っている皆さんの顔が目に浮かぶ。けれど、もう少しだけ付き合ってほしい。わたしは冗談で言っているわけではないのだ。本当に、心から真面目に、本を読むことは異世界に転生することだと思っている。

本を読むとき……いや、その本を読もうと思って手に取るとき。あなたはどんな気持ちでその本を手にするだろうか?
どんなときに、本を読もうと思うだろうか?

実用書を手に取るきっかけの多くは「わからないことを知りたい」「知らないことを知りたい」と思うことだろう。知っていることの書かれた本をあえて読もうと思う人は、あまりいないはずだ。似たような立場の人が書いた本を読んで、同じような体験に共感をする……という人もいるかもしれないが、それよりも自分の知らないことを知りたいという人のほうが多い。本を読むとき、人は自分とは違う立場の人や違った経験をした人が書いた本を読む。なぜなら、そうすることで本を通じてその人の経験を自分が体験したかのように感じることができるからだ。本を一冊読むだけで、著者が本を書くまでに経験したこと疑似体験することができるのだ。

例えば、株について書かれた本を読んだとしよう。著者は、その本を書くまでに株の売買を経験し、その経験を元に本を書いたはずだ。実用書の場合、経験していないことを書いてもなんの説得力もない。売買の経験だって一度や二度ではなく、何度も何度も繰り返して、成功や失敗を重ねて著者なりの気付いたことを本にまとめるだろう。その経験には、わたしたちが想像するよりもたくさんの時間とお金と労力がかかっているに違いない。わたしたちは、同じだけの時間とお金と労力をかけることができるだろうか。わたしはできない。
しかし、本は一冊千五百円くらいで買える。高い本でも一万円を超えることはほぼない。読む時間もどんなにゆっくり読んだとしても、おそらく半年はかからないのではないだろうか。実際に自分で体験するよりも、本を読んで疑似体験をするほうが時間とお金の節約になるのだ。

また、小説を例にとるならば、そもそも性別も年齢も違うわたしが男子高校生に混じって部活に取り組んで、甲子園を目指すことはできない。大体わたしは、甲子園を目指すことができるほど野球が得意ではない。運動をするのでさえも、正直あまり好きではない。けれど、高校球児を主人公とした小説を読むことで、わたしは彼らになって部活に精を出し、仲間と一緒に汗をかいてグラウンドを走り、白球を追いかけ、試合結果に涙することができるのだ。彼らと一緒に……という表現では生ぬるい。本を読んでいるそのとき、わたしは物語の中の「彼ら」なのだ。

もちろん、実際に体験することを否定するつもりはない。体験しなければわからないことがたくさんあることも重々承知している。けれど、世の中にはどんなに体験したいと思っても体験できない事柄だってある。
本を読むことは、自分が決して経験のすることのない世界を疑似体験させてくれる。自分の知らない世界に入り込ませてくれて、自分ではない他の誰かの人生を体験させてくれる。本を読むことで、わたしたちの世界は無限に広げることができる。

これを異世界転生と言わず、なんと言えばいいだろう。

本を読むことは、異世界に転生すること。
さあ、あなたも一緒に異世界に転生してみないか?



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