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漫画のキャラに聞き上手がいない

漫画のキャラに聞き上手がいない。全然いない。お手本を漫画のキャラから出したら説明しやすいかと思ったが、見つからない。

惜しいけど違う人たち

惜しい人たちもいる。例えばスラムダンクの安西先生。口数少ないし、みんな本音を言ってるイメージもあるが、彼の場合はただ口数が少ないだけだ。よく見ると別に人の話も聞いていない。監督の仕事は「見る」ことであって「聴く」ことではないのだなあと思った次第。

キャンディキャンディのアルバートさん。暖かく見守ってくれてる感じがあるので、話を聞いてるかと思いきや、そういうシーンはほとんどない。むしろいいセリフを言いがちだ。

ちょっと面白かったが、メジャー漫画ではないかもしれないが、ミステリという勿れの主人公、久能整くんだ。

彼が質問をすると、みな自分が思っていることを話す。それに対して久能くんが反応すると、さらに本音を言う。結果として話したい人の話をうまく引き出している。
とはいえ、いわゆる聞き上手としての技術は全く使っていないし、彼の方が話す量は圧倒的に多い。これは漫画の構成上、みんな本音で話す設定になっている、と見た方がよさそうだ。
(ちなみのこの漫画、すごく面白いのでお勧めです)

ジャンルの問題か?

他はどうだろう・・?鬼滅の刃、呪術回線、ワールドトリガーみたいなジャンプ系には、ほとんどいないようだ。ワンピース、ドラゴンボールまでさかのぼってもいない。バトル系は概して、戦わないといけないので話を聞く人は出てこないようだ。

スポーツ系ならいそうかな?と思ったが、スラムダンクがそうであるように、なかなかいない。暖かく見守ってくれる人はいるのだが、そうした人は例外なく、話は聞かずに突然いいことを言い出したりするのだ。明日のジョーのマンモス西など、やっぱり話は聞いておらず、突然いいことを言う。

恋愛ものはどうだろうか。主人公を横で応援してくれる友人役などでも、案外話は聞いていない。やっぱりいいことを言ってくれる。

歴史もの、ミステリ、SF、あるいは古典ともいえる手塚治虫、藤子不二雄、ちびまる子ちゃん・・・いそうでいない。

なぜいないのか

ここまでいないのは正直、意外だった。なぜだろうか。おそらく漫画というメディアが、聞き上手を描くには向いていないメディアなのだろう。まず主人公の心象風景を引き出し、整理することに重きが置かれない。主人公が話をして、同じ言葉を繰り返して、としているとコマの効率が悪い。ので、自然と主人公が自ら考え、主人公の頭の中は整理されている、という風に描かれる。あるいは頭の中を吹き出しで直接表現する。
言い換えると、漫画の主人公は誰かに話を聞いてもらう必要がないのだ。

また、漫画の登場人物はセリフを言うためにいる。特に恋愛ものやスポーツものでは、リアルな世界だったら聞き上手であろう性格の人たちも、ことごとくここぞとばかりに断定的にものを言う。そうしないと登場人物としての意味がなくなってしまい、存在感を出せないのだろう。「いいセリフ」というのは、基本的にそれまでに出た会話の繰り返しなどではなく、他の人が気づいていなかったり、なかなか言えていなかったことを断定的にいうので、聞き上手からは離れていく。

つまり、漫画というメディアの特性上、聞き上手のような非効率的でキャラが薄くなる登場人物を置いておく余裕がない、ということなのだろう。カウンセリングやコーチング領域で大流行する漫画が出てきてくれればと思うものの、こうした特質があると難しいのかもしれない(面白い漫画をご存じの方、ぜひ教えてください)。

見つけた

そんななか、これは!というものを見つけた。聞き上手のキャラというよりも、聞き上手になりきっているシーンというところだが。

中学受験漫画の「二月の勝者」の7巻で、進学塾の校長が保護者の相手をするシーンだ。実力はあるが弱気な女の子の母親が、娘を下のクラスに戻してくれないかをお願いに来る。校長は、少しでも上位校を受けさせたいので、そのお願いを断りたい。そして断るための技術として聞き上手を使う。

漫画やアニメに聞き上手がいないのはなぜか (2)

典型的なオウム返しの技術を使っている。普段はとうとうと語るキャラクターだが、ここでは自分の言葉は一切使わず、相手が言った言葉だけを繰り返している。
注目は左上のコマ。母親が顎に手を添えたのに合わせて、自分も顎に手を置いている。これはミラーリングといって、同じ動作をすることで親密度合いを増す技法だ。上級者が使う技だ。

漫画やアニメに聞き上手がいないのはなぜか (3)

次のページでも、ミラーリングを使いつつ、オウム返しに徹している。
そして、「わかりました。」と相手の主張を認めたように発言するのだが。

漫画やアニメに聞き上手がいないのはなぜか (4)

分かったのは「お母様の気持ち」であって、次のアクションについて同意したわけではない。受容は大事だが、それは相手の行動を支持することとはイコールでない。こうして、結果としては校長が目指す方向性で同意を獲得するのだった。

かなり理想的な聞き上手を使っているのがわかる。
さて、この例はかなり典型的な聞き上手の技法を使っているわけだが、逆に漫画でしっかり聞き上手を使っている事例として、こうなるのかという参考にもなる。

要するに、こんなに丁寧に繰り返していると、読者にとってはくどくなってしまうのだ。

トレーニングの現場から

実は同じことは、リアルな世界でも起きていると思っている。第三者が、聞き上手をしている他人の会話を聞く、あるいは想像すると、くどいと思ってしまう傾向があるのではないか。

つまりオウム返しや相槌、ミラーリングといった手法を、わざとらしいと思ってしまい、使うのを躊躇してしまいがちなのだ。これは実際にトレーニングで接すると強く感じる。会話がわざとらしくなることを恐れて、各手法を十分に使えない、あるいは無意識のうちに使用をセーブしてしまうのだ。ところがロールプレイで強制的にそうした技法を使ってみると、わざとらしいくらい使っても、話し手にはちょうどいい、わざとらしさを感じないことが体感できる。すると、この漫画の例くらい、オウム返しをできるようになるのだ。

漫画の世界に聞き上手がいないことが、そのまま聞き上手であることが難しいことの理由にもつながっているのではないだろうか。

神山晃男 株式会社こころみ 代表取締役社長 http://cocolomi.net/