夢をみてください

「夢がなにか分からなくなってきた」

日々、時間が過ぎていく中で自分との会話が多くなってくる。今の自分はどうしたいのか、どうしたらいいのか、何をしたいのか、様々な問いが僕らにぶつかってくる。夢、それは子どもの頃から描いた憧れのようなものだと思っていた。そして、その夢は大人になっても決して変わらず持ち続けているものだと。しかし、どうやら現実は色々あるみたいだ。あの頃のまま夢を持ち、夢を叶えた人がいる一方で、夢に破れて目の前が真っ暗になってしまった人もいる。夢を諦めて、夢すら見れなくなった人がいる。僕らはそんな時代を今生きている。

僕も夢を見ることを肯定してきた時期があった。夢を見ることが、大人の役目だと思うことが。なぜなら当時、大人は夢よりも現実に悲観することばかりの存在だと思っていたからである。しかし、今年月を経て思うことは、大人はやっぱり現実を見ているようだと。ここでの現実とは目の前のことを指す。正直言って目の前のことに精一杯という人もいるが、目の前のこと以上に踏み出せなくなって、後手後手に回っているだけなんじゃないかというのが率直な印象である。目の前のことは確かにやる、ただそれ以上にやることが多いと感じるのである。趣味のこと、家族のこと、仕事のこと、それもさらに細分化される。正直にその一つひとつを正確にこなそうとしたらロボットでないと出来ないのではないかと思うくらい緻密なことを毎日要求される。そんな日々を過ごしていると、それはもう夢どころじゃないと言いたくなる気も分からないでもない。長年夢の大切さを語ったり綴ったりしてきた個人としては、これもしょうがないことなのかと薄々自分の身としても感じてきた。ただそれでも、夢を持ち、夢を叶えると意気込む若者たちはこれからもどんどんと出てくる。もちろん、その中には今の大人たちのように、夢を諦めたり、挫折したりして立ち直れなくなる人も出てくるかも知れない。けれども、またその彼らが年月を経たときに、新たな若者たちが出てくる。彼らもまた夢を持ち、夢を叶えようと意気込んでいるだろう。どうやら僕らはこのサイクルを人類としてずっと繰り返していくような気がする。そして、少しずつ少しずつ夢を叶える人が増えてくるような気がする。残念ながら、どうしてもうまくいかない人もいるかもしれないが、そうやって僕らは人類が続く限り繰り返していくのである。誰もが夢が叶うわけではないという少々シビアな話にもなったが、誰にも夢を叶える可能性があることは間違いない。それは否定のしようがない。可能性という言葉は非常に都合のよい言葉として使われがちだが、この可能性だけは誰もが持っている紛れもない武器なのである。僕らの可能性だけは、絶対に消えない。

こんな話は子どもには言わなくてもやっぱり分かっている。

だから、この話は大人だけに伝えたい話。大人はやっぱり夢を忘れちゃいけない。夢を持ち、叶え続けるのだ。

だから、夢をみてください。

~fin~

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