【読書日記】3/29 花と人と命の輝き。「花競べ /朝井 まかて」 花競べ 向嶋なずな屋繁盛記
花競べ 向嶋なずな屋繁盛記
朝井 まかて (著) 講談社文庫
春ですね。
桜が満開です。こんな日に読み返したくなる大好きな物語です。
向嶋のなずな屋は、樹木や草花の栽培や品種改良、育種を行う花師・新次が女房のおりんと営む種苗屋です。
新次とおりんのなずな屋夫婦が、舞い込んでくる注文に如何に応えるかに知恵を絞り、彼らを取り巻く人々と大自然と向き合う物語。
「第一章 春の見つけかた」
大店のご隠居上総屋六兵衛が快気祝の引き出物にと注文した桜草。
新次が改良した桜草を認めての大口の注文でもあり気合をいれますが、とある筋からの横やりが入り、植木鉢を納めてくれる業者がいない。
さあ、どうする?
結果は、本書を読んでお確かめください。この桜草を想像すると何とも美しくてうっとりとします。
第二章以降、花師が育種の技を競い合う三年に一度の「花競べ」に出品した顛末や、新次が修行していた霧島屋という花の世界では別格の家の娘花師・理世との関係、上総屋六兵衛と孫息子・道楽若旦那の辰之助と吉原の花魁・吉野太夫との関係など、人と草木が結びつき、時に傷つけあいながら話が展開していきます。
なずな屋が、上総屋六兵衛と辰之助のために吉原の夜桜のために納めた桜は、霧島屋の理世から託された桜でした。
なぜ、霧島屋では、その桜が「門外不出」とされていたのか。
そして美しく咲かせたその桜についての説明書の一部
ああ、これがソメイヨシノだ、と思います。人の手なくしては咲かず、だからこそ他のどの花よりも人を惹きつける、花。ぞくりとするくらいに人と花の濃厚な結びつきです。
本書では、人と草木の関りを通じて「生命」を考えさせられることばが随所にちりばめられています。本当は、もっともっと引用したいところが多いのですが、物語の中で読まないと感動が半減してしまうので、ぜひお読みください。
理世の言葉。
「実さえ花さえ、その葉さえ、今生を限りと生きてこそ美しい」
辰之助の言葉。
「春だねえ。どんな土地にも誰にでも、分け隔てなく春は巡ってくる。この草こそきっと、菩薩なんだねえ」
今年も、花に出会えてうれしい、生きていることは美しい。
神様か仏様かわからないけれど、感謝をささげたくなります。
なお、本書に登場する女性たちは、また、取り取りに美しく、それぞれが精一杯に生きる姿は「花」だなあ、と思います。
新次の女房で、元寺子屋の女師匠のおりんは、職人気質の新次を助けてなずな屋の商売を取りまわし、預かりっこの雀(しゅん吉)に愛情を注ぐ明るいしっかりもの。
新次の幼馴染で大工の留吉の女房、お袖は元・莫連女(派手な格好で町を練り歩き、喧嘩沙汰もあり)で、気風の良さは天下一。
霧島屋の伊藤理世は女ながらに花師。相弟子の新次との関係に悩みつつ、出来の悪い婿にきっちりと引導を渡し、自分なりの道をまっすぐに歩んでいく。
吉原の扇屋の花魁、吉野太夫。籠の鳥の身分ながら美しく誇り高く、そして哀しい。上総屋との因縁とのけりの付け方も見事です。
そして、最後に。
雀(なずな屋で預かった優しく利発な少年)が、花火見物の舟で花火を欲しがってむずかるお梅(留吉・お袖の子)にあることをしてあげるのですが、その場面の美しさ、愛らしさにジーンときます。