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「愛されたい」の魔力
物にも服にも住む場所にも仕事にも
ほとんど執着はない。
こだわりはあっても執着はない。
人に執着するってわたしにとってどういうことか考えた時、
やっぱり「愛されたい」ってことかなと思う。
わたしの喜びは「求められる」ことなので、
「求められる」→と「愛されている」と感じる。
同性でも異性でもね。
でも、愛されようと"頑張る"と、
空回りしてしまうのもよーーく分かってる。
だから、そんなに頑張ってきてもいない。
あくまで自然体でいながら、
愛されるのが理想。
そうなると、
執着へと変わる時というのは、
"頑張ろう"としていまい、
それでも"愛されない"時。
だから、自然体でいられて…
愛されようと思わなくても
愛してくれる人…
それがわたしの愛すべき人なのかなぁ。
わたしを愛さない人は、愛さなくていいのかな。笑
「愛されたい」には魔力がある。
自分を捻じ曲げないと、
抑えないと愛されなかった。
そんな経験があるのなら尚更、
「愛されたい」の魔力に
飲み込まれないで!
ということで、
この現状を突破する思考を手に入れました。
「わたしを愛さない人は、わたしに相応しくない」というもの。
あくまで処方箋ですので、悪しからず。。
#エッセイ #恋愛 #人間関係 #愛について
#愛されたい #心理
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