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Honda e Advance

垣間見たホンダの本気度

待ちに待ったホンダ肝煎りの電気自動車発売。
思えば数年前の東京モーターショーのプレスデー。まだモックアップ状態だったコイツのシートに座り「ああ、やけに硬いなぁ」などと呟いて写真を撮影していたら、広報の人に「世界に一台しかないモックアップなので座らないでくださいッ」とやんわりたしなめられて以来の付き合いだ。

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自動車デザインのなか、というより全ての工業デザインの中でも個人的ランキング上位にずっと君臨している初代シビックのオマージュが存分に散りばめられているこのクルマ、無視できるわけがないのである。もちろん購入候補リストでも上位。
しかし販売台数が少ないゆえ、試乗できる機会が少ない。どうしたものかと困惑していたところHondaのカーシェアサービス「Every Go」で借りられるというではないか。さっそく登録を済ませ、さるディーラーへ向かったのだが……。

なにしろホンダとしても新基軸のクルマ。念書の一つでも書かされたあと、恭しくコックピットドリルが開始されるかと思いきや、フィットを借りるのと同じくらいのスルー具合。いや、離島の民宿で軽トラを借りるくらいのイージーさといってもいい放置プレイぶり。思い切り不安だ。しかもカギの開け方すらわからない。
受付へ戻り開け方を聞く。「免許をウインドウのここにかざすんですよ」ピッ。ホントだ!ああ!なるほど。ありがとうございました。
最近のスポーツカーばりのドアノブに手をかけ「PUSH Start」を押す。システムが起動。「D」モードにスイッチを入れればさあ発進……しない。ブレーキペダルを踏み締め「PUSH Start」ボタンを押しても無反応。悩むこと5分。なにこれ故障?
仕方がないので苛立ちを抱えながらまた受付へ。「すみません、ぜんっぜんわかりません(←ホントにこう切り出した)」
やあああ、すみません。あの、ここのですね(と、おもむろにグローブボックスを開ける)鍵を「利用」に切り替えるんですよ。と営業スタッフ氏。
いやマジで、知らないから! グローブボックスの中にそんなもんがあること。あとで確認したらWebサイトの奥〜のほうに書いてあったけど、国民のほとんどの人は知らないから。
のっけからデンキに対するホンダの本気度(の低さ)をまざまざと見せつけられたものである。

健康で文化的で明るい室内空間

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気分を思い切り害されたあと、アクセルを踏めばスルスルと無音のまま走り出した。車体の後方からツーンともヒューンとも聞こえるデンキな音が耳に届く。
当然だが、それにしても静かである。17インチのミシュランPilot Sport4という、かなりスポーツ度が高いタイヤを履いているにも関わらず、パターンノイズもほとんど聞こえない。ボディ剛性も繭の中にいるような安心感を味わえるほど高いのがよくわかる。段差の乗り越え方も思い切りオトナの風格、インサイトはおろか、レジェンドもかくやという仕上がりだ。

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国内では2例目のデジタルアウターミラーの視認性も十分だ。後続のクルマがどのくらい近づいているのかが赤い線や黄色い線で示され、ひと目でわかるのがいい。距離感も正確。今後主流になるのは間違いないと思う。未来の後方視界は明るい。
そんなポジティブな気持ちにさせてくれるのは、広大なガラスルーフと大きいフロント&サイドのウインドウの影響も大きい。シートの生地も色も、明るくざっくりしている。
田舎の体育教師が着るジャージのような、意味不明の柄をすぐ採用してしまうホンダの仕事とは到底思えない。IDEEのソファーやぬくもりのあるカフェを彷彿とさせるものだ。平板な見た目にも関わらず、1回の充電で航続可能な距離(このときは満充電で180kmほど)は疲れずに済みそうである。
初代シビックを思わせるフラットなダッシュパネルもいい。これまた木目のパターンもまるっきり初代だ。2スポークのステアリングもよくぞアーカイヴから引っ張り出してきてくれたものである。「そうそうそう、これがホンダの室内だよな…」と旧来のホンダファンは頬を緩めるだろう。

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室内幅いっぱいに広がった液晶の画面も思い切っていていい。
ただ残念なのは、インターフェイスに今ひとつ整頓された感がなく、例えばステアリングでコントロールできるボリュームが、パネル中央の「どう見てもボリュームのツマミ」に見えるもので操作しても動かなかったり、選択の方法が微妙に違ったりとまだまだ未消化な部分があるのも事実。チョイ乗りではなくじっくり使えば印象も違うのだろうが。
2代目オデッセイで採用されていた「プログレッシブコマンダー」という優秀な操作機能をできればおさらいして欲しいものである。

むしろプレジャーしかない

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街中を流したあと、首都高速へ向かってみた。
ETCを通過し、合流へとアクセルを強めに踏んだとき「ウワー!」と声をあげてしまったことをご報告したい。速い!めちゃくちゃ速いのである。おっとりした外観に似合わずなんなんだこの加速は。
ヤングマガジンの表紙に登場する童顔なのにボイン(死語)のおねえさまみたいな意外性。大歓迎ではあるが。
大橋ジャンクションのキツめのコーナーに差し掛かったときもまた「ウワー!」であった。曲がる!めちゃくちゃよく曲がるのである。おっとりした外観に似合わずなんなんだこのコーナリング性能は。
ヤングマガジンの表紙に登場する…(以下略)
ステアリングを切ったら切ったぶんだけ鼻先が素直に狙った方向に向く。しかも目が覚めるようなスピードでだ。破綻を見せて壁に張り付いておしまいという予感すら感じさせない。車線変更もほぼ横っ飛び。退屈な東京無線のタクシーがパイロンに見える。こんな楽しいホンダ車、何年ぶりだろうか。そりゃあミシュランを奢るのも当然か。
サスペンションを含めた足回りが高性能なコンピュータによって解析されまくっている現代、もはやFRやFFなどの駆動方式は我々凡人レベルでは関係ないところまで研究され尽くされているはず。けれども「リアは駆動・フロントは操舵」と明確に役割分担しているメリットは、ジドーシャの厳然たる自然の摂理として絶対的な存在であることを改めて見せつけられた。
まさかこんなおっとりとしたフォルムのクルマで気付かされるとは……。
高速のトンネルの灯りが、映画「惑星ソラリス」の1シーンに見えたものである。あの作品で描かれていた未来がフロントガラスのすぐ目の前に広がっていた、と良言ったら大袈裟か。

時代がMUJIに追いついた

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この不景気のなか、乗り出し金額が500万円に届きそうになってしまうこと、ホンダの本気度がいまいち感じられない台数しか販売されないことが気がかりだ。
しかし、華美な部分はなくシンプルで機能的。ちょっと価格は高めだけれど、素材にもちょっとしたこだわりを持ち、エコでオーガニックな暮らしを求める層には確実に刺さる気がする。
そうそう、我々の世代ならば若いときに必ず洗礼を受けていた「無印良品」的な世界観に親近感を覚えているならば、あなたはきっと立派な潜在ユーザーだ。
かつて発売していた「MUJI CAR(K11マーチがベース)」が正常進化しました、と言ったらナットクして目を細める人、結構いるんじゃないだろうか。

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おっとりした外観にとてつもないドライビングプレジャーを秘めたこのクルマ、たくさんの支持が広がり、飽きっぽさでは他の追従を許さないでお馴染みのホンダ首脳陣の戦略が少しずつ軌道修正してくれることを願うばかりだ。
それと、少なくともここ20年間続く、泥酔した頭でトリックアート美術館に入り、10日間寝ずに遠近法が歪んだ部屋で制作したとしか思えない悪夢のホンダデザインで登場してこなかったことに心から感謝したいと個人的には思った次第である。