小詩集・海を意識した時
12才のころだったろうか
僕が内なる変異を感じ
海を意識したとき
その巨大なプリズムの中で
僕は曖昧なシルエットになった
僕は意味をはぎ取られた
軟体動物のように
沈没してゆく睡魔の影になった
ああ生きることはできない
嵐がまきおこる
僕は海岸に打ち上げられていた
それからの流浪
時折海は眠たい水音をよみがえらせる
僕は幾度も変異を経たのかしら
いまもまだ
世界に背反するシルエットにすぎない
たっぷりお酒をのんで
たっぷり記憶を消した
記憶にあるのは
ハムスターたちの
笑顔のように口もとをむすんだ死に顔
二年の生涯になんの悔いもないような死に顔
お酒をやめて
ハムスターを飼うのもやめた
悲しすぎるから
酔いから覚めて生き延びて
老いてなぜか
子どもの頃の後悔に満ちた記憶が
よみがえるようになってきた
幼児期を生きなおしているように
そして幼い日の時間はあまりにながく
子どものままぼくの命は尽きるのだろう
緑ふかき初夏の街
そしてここがふるさとの国
いつわりなき浄土
小動物のさいわいの
こもれ日のあたたかい午後
巣立ちの雀が親に甘え
口うつしにエサをねだる
なさけうるわし
わが老いの年代記
こまやかな葉陰にしるす
よみびとしらず
ふかきかなしみを
おだやかな風となして
花が咲くためには
希望が必要だろうか
雀は飢えと寒さに
希望をもって耐えただろうか
なんで
人は希望を求めてしまうのだろう
もともと絶望するために生まれてきたのに
いまもまだ
誰にも強いられず
老いても歩く自由があり
花とともに夜風に震え
寝静まった雀の
平穏な静寂があるのに
希望という苦行を願うことはやめて
ひさしい
南無阿彌陀仏
20世紀のなかばに生まれ
僕の20世紀末は断酒することに
たどりついた
21世紀の扉は
亀井水との出会いで開かれ
1400年の歴史のフィールドが
新時代とともにあたえられた
新たな時代はしかし
古い時代の断末魔が
うごめく
断酒に失敗した病者のごとく
悔恨は癒されず
繰り返される前世紀の惰性
いまだ時代は転換せず
歴史を語る言葉をみいだせず
未来を語る硬直した語彙
僕も新たな詩を希求する
捨て石のひとつになりたいが
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