記憶


「この街の歴史を残していきたい」
 新たに市長に就任したS氏は初めての記者会見でこう語った。後世に残す史料として今の市民の生活を記録に残していくというのが彼の公約の一つだった。

 彼が就任したその日に街の至る所にアンテナが建てられた。すべての会社、学校、すべての家庭…。一日のうちにアンテナが街に乱立した。

 役所に努めるM氏はS氏の就任に伴い、「街の記憶を収集する会」の担当になった。担当である彼もよくわからないままアンテナは立てられ、人手が足りないため彼自身も設置作業に駆り出されたのだった。

 普段と違う現場での仕事をして彼はヘトヘトになって家へと帰った。もちろん、彼の自宅にもアンテナは立てられていた。
「異様だな、これ」

 一人呟く彼。窓の外を見ればどの家からもニョキニョキとアンテナが立っている。これをたった一日で完了してしまった。恐ろしい市長だと思った。

 あまりに忙しかったので、夕飯はレトルトカレーで済ませることにし、彼は寝た。

 翌日、M氏が職場に行くと早速新しい仕事に取り掛かる。なんでも映像や画像のデータ管理だという。街の歴史を残すための仕事としては流石に地味すぎると感じた。

 早速、M氏はそこでふと目に止まった動画ファイルを開いてみた。

 それは男性が一人で部屋で食事をしている風景だった。地味な動画だなとM氏は思った。こんなものを残してもしょうがないだろう。

 だが、映っている男をよく見るとそれはM氏ととてもよく似ていた。それどころかテーブルの位置や使っている食器まで、まるでM氏の家の中を移したかのような映像だった。

 この男は俺だ、とM氏は確信した。だが、こんな動画を撮った記憶など全くない。そもそも彼には、ここ数年でレトルトカレーを食べた記憶がない。

 まさか記憶が抜き取られたわけでもないだろう。M氏は自分がど忘れしたのだろうと、作業へ戻った。


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