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ICUに入院して生存本能について考察した卒業式の日の夜② 瀕死の時に警鐘は鳴っても聖徳太子にはなれない

こちらの続きです。


そこからはまるでドラマの中を体験しているようでした。

「聞こえますか、少しチクっとしますよ」
「お名前は言えますか、しっかりしてください」
「色々刺すけどちょっと我慢しててくださいね」
「抗アレルギー剤とアドレナリン投与して」
「血圧60の30」
「ステロイド追加」

一斉にいろんな角度からいろんな声がした。
誰が聖徳太子やねんとツッコミを入れたかったけど、もはや話す体力も尽きかけていました。

え、てか血圧60の30ってやばない?
いくら低くても上が90切ることとかあるん?
逆に意識あるん普通なん?
あ、挿管はなんか痛そうやしできればやめてください。

しかも搬送された後に「採血は効き手じゃない腕でやりますね」と、
どうもルートが取りづらいらしい私の左腕に針を刺すように配慮してくれた看護師さんが般若顔負けの形相で右腕のいろんな所に針をぐさぐさと刺しまくっている。
他人事のようだが笑う体力があれば笑っていたでしょう。

色々と聞きたいことはあったが質問に答えるのがやっとです。
語尾にですますをつけることさえしんどい。
もう切実にやめてほしいと思いました。
これだけのスタッフを巻き込む大きな事態になると母に怒られると何故か強く思ったのです。


というか皆さん、取り組んでいた業務の手をこっちに割いていただいているんでしょう。すみません。
あの、死ぬなら死ぬで別に構わないので何かしらの鎮静剤だけ打ってもらえませんか。
いやだから妊娠も生理でもないですって。既往歴も特に。
ちょっと寝てもいいかな。眠たくなってきた。


「ちょっと!起きてます?!大丈夫ですか?!」

力強く叩かれて少し意識が戻った。
すみません、私の処置してもらってる時に寝るだなんて失礼しました。

「もう、だいじょうぶなんで
すみません、いたい、あーでも、だいじょうぶ」

うわごとのように繰り返す私の心情としては
もうそこまでしていただかなくて結構ですし騒ぎを大きくしないでください。
という一心でした。

「ほんまびっくりさせんといて。しんどいけどしっかり起きててね」
おばちゃん看護師さんは尋常じゃなく心配そうに、少しホッとした様子でそう言いました。


なるほど、失神しかけてたのか。
映画で瀕死の父に「パパ!しっかりして!」と涙ながらに娘が語りかけるようなシーンを観るたびに
”しっかり“ってえらいふわっとしてるけど実際どないしたらええんやろ。
と思ったことはありましたがこの場合においてのしっかりとは「とにかく寝るな」という指示だったのかと一つ学びました。


この辺りで除細動器がどうのとという声が私の耳に入ってきた。
えーあれ使うんですか、やだ。
うちの父親が心筋梗塞で死にかけた時に使ったって言ってた電気ショックのアレですよね。
AEDって意識あるうちは使わないんじゃないの?


AED。
あー私今死にかけてるのか。
専門学校の入学金払ってもらったのに親に申し訳ないな。
でもまあ辛いことの方が多かった気がするしいっか。
手を尽くしたけどダメでした、なら家族もさすがに悲しむとは思うけど少しの時間があれば立ち直れるとして。
てか死ぬなら在学中がよかった。
平気なフリしたけどやっぱりどこか寂しくて砂を噛む時間をただ耐えたのに。
わざわざ今日なんて皮肉が過ぎる。
でも世の中は私がこの先を生きていくにはちょっと辛そうだから自信はないし、
やっぱりもう一回寝ようかなぁ。
どうしようかな、今寝たら死ぬんかぁ。
ちょっと10分ほど考えたいんやけど無理ですかね。


なんて考えているうちに先生とスタッフの皆様の尽力のおかげで私の意識はクリアになり謎の腹痛も治まり、容体は安定しました。

そのままゴロゴロとストレッチャーでICUに運ばれている途中で母が私に駆け寄ってきた。
やっべえ怒られる。
「あんた何したん!!」と詰め寄られると思った。

しかし予想に反して母は「大丈夫やしな、大丈夫やしな」と数回繰り返しました。
確信はないけどとりあえず安心させようとする時の母の声でした。


幼い頃、寒い夜に高熱を出した私と更に2歳半下の妹を連れて自転車で地元の小さな夜間の総合病院の前で母が父に電話していたことを思い出した。
「インフルエンザかな?でも…うん、救急車呼んだ方がいい?」
少しパニックになりそうな声で話す背中をよく覚えています。
当時の私も救急車という単語を聞いて、私のせいで大ごとになって母に怒られると同じことを考えた。
でも母は「大丈夫やしな」と繰り返し私に声をかけてくれた。
あの時と同じ、私と母自身に言い聞かせるような声。
きっと母も不安でたまらなかったのでしょう。


そのすぐ後に父も姿を現しました。
先ほどの声で色々と察した私は努めておちゃらけて
「痺れた思ってから早かったわー。お父さんが三途の川一歩手前まで行ったなら私は3、4駅手前やろか」などと過ぎるブラックジョークをガラガラの声で両親に笑って話しました。
いつもの調子で話す私はアレルギー反応で顔中や体がパンパンに腫れていたのであまり笑える状況ではなかったでしょうが
「えらいたらこ唇なってしもて。ちゅーちゅーたこかいなやな」と少しホッとしたように親は返しました。

ちゅーちゅーたこかいなとは私が小さい頃に好きなタコのアニメだったかキャラクター。
私も両親も何で観ていたのかあまり記憶にないので詳細をご存知の方がいらっしゃれば是非ご連絡ください。


その後医者の先生がやってきて説明をしてくれた。
何かしらの薬剤に対してのアレルギー反応によるアナフィラキシーショックを起こし一時的に呼吸困難、意識混濁、心肺機能低下が見られたと。
そして恐らく原因は抗生物質だと考えられるということを。
「いやー、急に心臓に来るタイプなんやね。びっくりしてしもたわ。処置室やし良かったけど次打ったら下手したら死ぬし抗生剤は避けといてな」と仰っていました。

急に心臓に来るタイプと言われても自覚しようがないけれど、心肺停止界隈にはじわじわとか焦らし作戦とか駆け引きタイプがいるのでしょうか。


私は黒染めが色落ちしてきた髪色のまま一晩ICUに入院することとなりました。

次で最後です。

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