路地裏のデスパレード
京急川崎駅に降り立つと、屍人たちがビラを配っていた。汗ばむような陽射しの濃い午後だ。ダイスを折れて銀柳街に入った。線路沿いをふりかえると、行き場をなくした乞食たちが自転車置き場にたむろしていた。ラチッタへの横断歩道が通行止めされていたから地下街を抜けた。真昼間というのもあるが、スリや通り魔、痴漢の跋扈する渋谷に比べてまだしも平穏に見えた。ニュースで暴徒がトラックを横転させている映像が流れていたのを憶い出す。日常があまりにも鬱屈としていて、皆暴れたいのだろう。血糊を塗りたくった天使や看護婦が通りすぎる。異様に上背のあるペストマスクをした二人組が、俺に何事かをささやいた。映画館の前に、ブルーのタイツに身を包んだエキゾチックな女が現れた。ただちにカメラを構えた男たちが輪姦でもするみたいに取り囲んだ。背後でどよめきがした。ふりかえって目に入ったのは、ゴッホの「自画像」が網タイツを履いて颯爽と歩いてくる姿だった。それに「首飾りの女」、モナ・リザ、「泣く女」、ムンクの「叫び」が横一列に並んでいる。少し遅れているのは例のキリストの修復画で、これには愉快な笑いと拍手が起こった。俺はダラリと赫くて長い舌を垂らした化け物のオブジェの傍で、しばらくごみごみした通りを見物した。パレードはどこから始まるのだろう?
新川通りに引き返そうと歩いていると、スターバックスの裏路地に男が倒れていた。ネルシャツを着た五十絡みの男だった。白衣を無造作に羽織った男が介抱しているようだが、その医者風の男は首にぶら下げている聴診器を当てるでもなく、にやけた顔で往来の見物客を見まわすだけだ。倒れた男は胸を大きく上下させている。大道芸だろうか。何かが起ころうとする緊張を察した人々が、一様に携帯やカメラを地面に向ける。医者の仮装をした男が意気揚々とクランケの脈を測る真似をして誇張的に顔をしかめた。患者の軀は俄かに痙攣し始め息も荒くなった。これは示し合わせたショーなのだと、見物客は愉快そうにシャッターを切った。先ほどすれ違った血塗れの天使が四人やってきて病人の周りを舞いはじめた。どこからか脳漿のとびでた神父が重々しい足取りで近づいてき、二人の道化に祝福を与えた。乳房をほとんど露出させた看護婦がピンクのハンカチで医者の汗を拭く真似をする。男は厭らしい笑みを浮かべ、撮ってくれ、撮ってくれ、と背後にいた連れらしい地味な私服の女に携帯を投げた。役者は揃ったとばかりに、各々が死人のように青ざめた五十男を囲んで思い思いのパントマイムに耽った。パレードの前座にはもってこいのショーだった。
倒れていた男が突如としてムックリと起き上がり、いつの間に血糊を塗ったのか怖ろしい屍人と化してラチッタデッラ通りを練り歩く。路地から待ち受けていたようにゾンビたちが合流し、見物客に襲いかかる。そして魔女や世紀末的暴徒を呑みながら新川通りに雪崩れこむ、混沌のパレードが幕を切るわけだ。……
危篤のクランケは、血糊の代わりに吐瀉物の飛沫を嘔きだした。これもまたショーの粋な演出の一つだと誰もが思ったが、たちこめる悪臭が不意に俺たちを現実へと引き戻す。医者風の男は悲鳴をあげた。茶色い汁に濡れた眼鏡を白衣で拭い、ふざけんなよ、と病人役の男を罵倒する。天使や看護婦も、自らの衣装が汚れていないか点検すると、呪わしい一瞥を患者に投げて去っていった。これ、本物の浮浪者じゃないか? マーベルヒーローの格好をした体格のいい男が叫んだ。遠くの方で歓声が上がったと同時に、潮時だとばかりに群衆は大通りに急いだ。本当のパレードがやってきたらしい。流行したゾンビ映画の俳優たちが街宣車に乗ってやってくるのだ。こうしちゃいられない、と医者は白衣を脱ぎ、今にも死に絶えそうな喜劇役者にそれを被せてやると、イタリアのヒルタウンを模した街並みの中を駆けていく。五十男は白衣から首だけ出して、吐瀉物にまみれた青ざめた顔で静かに息をしている。スターバックスから出てきたミニスカートの婦警が、あらリアルね、と言って瀕死のクランケに向けてシャッターを切った。……
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