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二月三日の米倉庫で

 ライター講座二回目を受講した。一回目でインタビューのワークと文字起こしの宿題が出ていたのだけど、なぜかなぜか、わたしの宿題が二回目の講座の題材に選ばれてしまった。打診があったとき、当たり前にいやだし、よくよく立ち止まってもいやに違いなかったけど、トータルいろいろなことを考えて状況に任せようと賽を投げたら、わたしになった。

 当日はみんなにインタビュー音源を聞いていただくことになり、みんなというのはZOOMも含めて十人以上、アーカイブも含めると…と考え始めるとマントルまで潜って灰のひとつも残さず燃え尽きてしまいたくなるのであまり考えないが、そう、それくらいの人数に聞いていただくことになった。いやに変わりはないけど、今回の講座は臆病な自尊心と尊大な羞恥心を振り払って申し込み、もう恥も外聞も捨てて成長するしかないぞと、ヤケクソなんだか覚悟を決めたのだか分からない、腹に一本竹槍を仕込んだ気持ちで参加したんだから、きっといい結果に繋がるさと能天気スイッチを入れた。

 さて、授業の中盤、「今回はかまさきさんの文字起こしを」と講師が言った瞬間、こちらを振り向き、ご愁傷様の笑みとも言えぬ痛々しい表情を向けてくれたキミ、ありがとう。その優しさは忘れない。音声の放送が始まり、文字起こしがスクロールされていくあいだ、居ても立ってもいられないとはこのことかと思いながら、根っからの道化師気質のわたしはみんなが笑いながら聞いてくれていることに少なからず救われていた(笑われるのがいいことなのかは置いておいて)。

 講師の方に「この言葉は意図的ですか」や「これはどういう意図で聞いたのですか」など聞かれるたび、てやんでい!と投げやりな気持ちにもなりつつ、かといってそうやって講座の流れを折るわけにもいかず、まあそれはただの冗談でもあるし、と真面目に考えてみる。でもさ、わたしは人生一周目だし、不器用だし、慌てんぼうだし、正直話を聞いている時に意識的にできていることなんてほとんどないんだけどと、かろうじて出てきた答えが「話を聞くときに頭の中にレールがふたつあります」という言葉。

 頭の回転が遅いというのはもともと自分でずっと気づいてきたことで、加えてそれに臆病さみたいなものが輪をかけている。たとえば、誰かといっしょに歩いていて靴紐がほどけたとき、「靴紐がほどけたから、ちょっと待って」が言えたことなんて、わたしの人生にいったい何回あったよ。この言葉をいともたやすく言える人とは、本質的に絶対交じり合わないのだろうと思いながらも、いい加減大人なんだからって「靴紐がほどけたから、ちょっと待って」を言えるよう人知れず心がけてる齡(よわい)三十三がいるなんて、しょうもなと自分にツッコミを入れたくもなるさ。

 そんなことが誰かとの会話の中で日常的に頻繁に起こっていて、それはもちろんインタビュー中でも、というかインタビュー中の方が拍車をかけて起こる気がする。相手が喋っていることで気になることがあっても、とりあえず最後まで話してもらってからでないと気になってたことに戻れない。だから、頭の中には「いま」のレールと「すこし前」のレールが二本並行に走っていて、いまのレールの列車がすこし速度を緩めた瞬間にすかさずすこし前のレールから気になってたことを叫び聞く。気を抜くとそのままいまの列車に振り切られて、スパイアニメさながら豪速球の列車にしがみついた、はためく旗のようになりかねないので、それがどんなに支離滅裂で脈絡も突拍子もなくても、魔法のことば「じゃあ」で強引に会話は繋がっているよとわたしにも相手にも感じさせて話を続ける。

 このやり方に納得しているわけはもちろんなく、当然限界なんて言葉は使いたくないし、明日には越えられるハードルなのだと思いながらも、まあいまの自分の脳のこのスペックでようやってるわと褒めてやりたくなる(だからスキルが伸びないんだよという怒号は自分の中でだけ)。

 そんなポンコツ具合にもかかわらず、なぜかこれまでインタビューをさせていただいた方から「話しやすい」との評価をいただくことがあり、ありがたい言葉なのは百も承知だが、どっこいこの頭には褒め言葉を信じないプログラミングがデフォルトで組み込まれているため、うれしさ半分、そんなわけないだろ、からかうな!と怒り半分の非常に扱いにくい人間で、自分ですら手を焼く始末。

 それが今回の講座で生徒でもある、尊敬するライターの方から「ゆっくりなのが逆に早くクリティカルな部分まで到達している」とのフラットに評価した言葉をいただけ、さすがにそのときはデフォルトのプログラミングもぶち抜いて、うれしさが龍のように登っていった。だからなんなのかと言うと、気づきがふたつ、ひとつは自分がウィークポイントと思っていることが他者から見ると違う評価になるケースがあるということ、もうひとつは、常に感情ジェットコースターのわたしだけど、そのネガティブなんだかポジティブなんだか分からないところがすごくおもしろいと思った。

 それにしても、ウィークポイントをそう評価してもらったからといって、満足して片方の刀だけ振るうわけにはいかないので、やはりそこは両刀使いになりたいし、そのためには会話の中で意識的に実践を重ねていかなきゃ、よし、甘えんなよ。

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