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これは、いけません!乗代雄介「それは誠」レビュー

芥川賞「ハンチバック」の選評を読みながら乗代雄介の「それは誠」が気になって仕方なかった。ホールデンだの庄司薫だのが引き合いに出され、スティーヴン・キングの『スタンド・バイ・ミー』のようだと書かれた次点候補作をサリンジャー好き、映画化の宝箱キング『恐怖の四季』愛読者を自認する読書フリークが放っておけるはずがないでしょ。急ぎ「文学界」6月号を入手し読了。
しかし、読み始めて、いきなりガッカリ。本作は『ライ麦畑でつかまえて』の全くの焼き直し。これは、いけません。一部に丸コピーと評され、文壇史的には絶賛した三島由紀夫と拒否感を露わにした川端康成との師弟決別にまで及んだことが未だに話題となる庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』でさえもここまでオリジナルに寄せてはいなかった。それどころか、いま振り返ってもそこには、学生紛争という当時の大命題にかかる、ある確実明瞭な立ち位置を示した社会性が、そして必然性もあった。
ところが乗代雄介の本作には社会性も必然性も一読するに皆無。そう評すると、いや、ここに、と反証されるかも知れないが、地方高校の生徒が東京への修学旅行最中に、予定行程を偽り深い思いをもって叔父に会いに行く、それを同じ班員である希薄な関係性でしかない同級生たちが面白がって相乗りするという仕立てのどこに社会性や時代の投影、必然性があるだろうか。しかも、サリンジャーがそうしたが如く、デイヴィッド・コパフィールドに触れるくだりよろしく冒頭でさりげない風にして自身の「生い立ち」を話題にしたりする。それどころか「舌噛んで死んじゃいたい」などという庄司薫色そのままのフレーズまで現れる。落ち葉舞い散らせる少女の描写に至っては、ホールデンのメリーゴーランド、薫くんの旭屋書店で絵本選びに呻吟する女の子そのものでしかない。その場面を唯一の同作の美点とする今期芥川賞選評にも啞然とさせられた。文学的情趣いささかもなし。展開は、なるほど死体探しに小冒険する「秋の目覚めThe Body邦題スタンド・バイ・ミー」そのものながら、キングが「恐怖の四季」として構想、執筆した中軸まるでなく、4人ひとりひとりにとっての体験の意味にまで触れて収斂させる手際感など程遠い。読みながら気恥ずかしくてならなかった。文学的情趣いささかもなし。
乗代雄介は、自身の文学観を前面に出した「本物の読書家」やご自身の真面目さが明瞭にうかがわれる「旅する練習」で披瀝したカラー、スタンスを継続、深化させていけばいい。芥川賞の現行選者氏らは、自らの営業分野を脅かしそうな新人に厳しく、世間受け確実な色合いの濃い作品に手拍子を贈りがちである。そんなことは皆んな知ってる。そうではないだろうか。あなたを全面的に支持する読者ではないが、もったいないと思う。次点落選で良かったと思う。本作については山田詠美の「この作品の良さがどうしても解らない」との評に100%同意。次作以降に期待したい。

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