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『グリーンブック』はいい意味で、裏切られつづける映画でした

土曜日ということで、映画の話です。今回はREC.でいただいた質問をもとに、聞き手の方がおすすめする作品を観ました。こちらnoteにもよくコメントをいただいている方からの質問だと思いますが、いつもありがとうございます!

話を戻しまして、『グリーンブック』の感想です。観ていると、ふいに涙がこぼれてしまうこともありました。いい意味で裏切られ続けた作品です。

あらすじ
時は1962年、ニューヨークの一流ナイトクラブ、コパカバーナで用心棒を務めるトニー・リップは、ガサツで無学だが、腕っぷしとハッタリで家族や周囲に頼りにされていた。ある日、トニーは、黒人ピアニストの運転手としてスカウトされる。彼の名前はドクター・シャーリー、カーネギーホールを住処とし、ホワイトハウスでも演奏したほどの天才は、なぜか差別の色濃い南部での演奏ツアーを目論んでいた。二人は、〈黒人用旅行ガイド=グリーンブック〉を頼りに、出発するのだが─。
(引用元:映画『グリーンブック』公式サイト


主な登場人物はトニーとドクター・シャーリーとドロレス(トニーの妻)です。これもあるあるだと思うんですけど、映画の冒頭で出てくる人たちを眺めながら「誰が主人公なの?」と思っていました。

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グリーンブックという単語に対しても同じです。渡された冊子がグリーンブックと分かった後も「この良さはどこにあるの?」って感じで観ていたんですけど、最後には"言うなれば「人種差別と友情」をテーマに描いた映画だったんだろうな"というところに、無事にたどり着きました。

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でも、トニーのことはまず俺だったらこんな運転手は採用しないなと思ったけど(笑)。大前提として、運転手というよりは用心棒とかバウンサーの要素が強かったんだと思います。

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1人の人として扱うこと

ストーリーが前後してしまうんですが、KFCをテイクアウトするシーンがありました。ここで「美味しそう、俺も食いたい」ってダイエット中ながら思ったりもして(笑)。

このときドクター・シャーリーは、手掴みでは食べられないと言うんです。そこをトニーが強引に食べさせるんですが...このとき、ドクター・シャーリーは車の後部座席でブランケットを使っているんですよね。それを観ていたら、俺でもドクター・シャーリーの運転手にはなりたくないなと思って、今度は逆の気持ちにもなったりもしましたね(笑)。

でも、このケンタッキーを食べさせるシーンがよくて観入ってしましました。その後トニーはポイ捨てをするんですが、ちゃんと拾うように注意されていて「あ、そこはドクター・シャーリーぶれてないのね」と。

他にも、ドクター・シャーリーは優しいなと思ったことがありました。コンサートの裏で演奏者の運転手同士が賭をしているシーンです。そこへ来て、トニーにこんなことを言うんです。


ドクター・シャーリー:「呼んでいるのに全然来ない」「なんで賭け事をするんだ」「お金が必要だったら言ってくれ、なんでも買う」
トニー:「そういうことじゃないんだよ」「勝つか負けるかが楽しんだよ」
ドクター・シャーリー:「膝のホコリをはらいたまえ」「みんなと一緒じゃないだろお前は」「他の運転手は会場のなかに入れないけど、君は本来なら入れるんだよ」


ここで、ぼくは思いました。
ちょっとうがった見方をすればトニーはゴロつきみたいかもしれないけど、ドクター・シャーリーはトニーを1人の人として扱うんです。

だから「話方も変えた方がいいよ」「名前も分かりやすい呼称に変えた方がいいよ」とアドバイスしたり、手紙の書き方も教えるんですね。

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このあと、黒人差別という面ではドクター・シャーリーの方がいろんな目に遭ってしまうんだけど。でも「ドクター・シャーリーは人としてトニーのことを扱っているんだな」と思って。

観終わったあとで思い返すと、そこが1番重要なポイントだったんじゃないかなっていうのを感じましたね。すごく。

── 感じ入られていますね(聞き手:Erina)

30分くらい前まで観入ってましたからね(笑)。


手紙から分かる人間性

トニーもですね「黒人のことが...」と言いつつも、1番最初にドロレスへ宛てた手紙では「彼は天才だ」と表現するんです。まだドクター・シャーリーから添削を受けていないときですね。

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他にも「どこかテンションの浮き沈みがあるから、1人でウイスキーを飲むのはそのせいなんだろう」と書き添えたり。トニーは単純なゴロつきじゃないんですよ。「インターステラー」のダメだった人が、実は宇宙飛行士だったみたいなオチじゃないですけど(笑)。

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トニーは社会人としてみると、今まで定職に就いていないなどいろいろなことがありながらも、人としては見所があります。その部分が1通目の手紙から感じられるんですよね。

黒人は嫌いだと口にしながら「ドクター・シャーリーは天才だ」と手紙に書くトニー。トニーを1人の人として扱うドクター・シャーリー。

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印象的だったこと

車内での会話ってすごく印象的じゃないですか?

『グリーンブック』は主人公2人がツアーの道中をずっと一緒に移動しているので、運転中のシーンが特徴的だなと思いました。メインキービジュアルが車の中というのもそうですよね。ストーリーに話を戻すと、ある日の運転中にトニーがドクター・シャーリーへ話しかけるシーンがありました。

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トニー:「黒人とかより俺の方がもっと黒いぞ。」「ドクター・シャーリーはお城のてっぺんにいるだけで、俺の方が地下のいろんなこと、社会の裏側を見ているんだから俺の方が全然黒いんだ。」

つまり「(あんたと違って)俺は自分が誰か分かってる」とドクター・シャーリーは言われたんです。すると、ドクター・シャーリーは運転を止めるようトニーに告げて、黙って車を降ります。そして降りしきる雨も気にせず歩きはじめたんです。

そこへ慌てて追ってきたトニーに向かって、こう言います。


「黒人でも白人でもなく、人間でもない私は何なんだ?」


この言葉には3つの側面があると思いました。

1. 演奏中は教養人のためのピアニストでありニガーとしてもてはやされる。
2. 普段はどうでもいい人種として差別を受けている。
3. 自身は
女性が性愛の対象ではない男性である。

その発言が1番刺さったというか...

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人種がもとで受けている差別に加えて、身分や性的嗜好を理由に、居なければいけない場所にいるしかないということ。ドクター・シャーリーが抱えている根本的なコンプレックスはそこなんだなと。これがはっきりと分かった、象徴的なシーンだったと感じました。

他にも翡翠を盗むシーンが印象に残っています。ドクター・シャーリーはトニーに「返してこい」と言うんですけど、トニーはそのまま持ち帰ってホテルの部屋に置いてしまうんです。

そして迎えた最終日。

大雪のなかを運転しているトニーが「眠たい」と言うので、ドクター・シャーリーが運転することになりました。このとき、車のボンネットに翡翠が置いてあったんです。そしてトニーを送り届けたドクター・シャーリーは自分の家に翡翠を持ち帰ってきました。

あれほど、トラブルの元凶だったものが、2人の交流が深まるにつれて意味が変わっていったんです。表裏一体ですよ。「嫌なことと良いことって紙一重なんだな」ということを、本当に考えさせられたなって。


涙がこぼれ落ちたシーン

2人でツアーを巡る最後の日。「メリークリスマス」とお互いに言いあった後、トニーがドクター・シャーリーに「寄っていけよ」と言うんです。でも「やっぱり自分が行ったら楽しかった雰囲気を壊すかもしれない」という思いからドクター・シャーリーは自宅に帰ります。

そして使用人に「メリークリスマス」「もう帰りなよ」と挨拶をした後で、いつもの王座の椅子には座らずに、ソファーに座りながらいろいろ考えるんです。

一方のトニーは家族がたくさん集まるクリスマスパーティーに参加していました。そこで「どうしてお前、今日は無口なんだ?」と聞かれても「今日は疲れたんだ」とだけ答えます。さらに「旅の話を聞かせろよ」「どうだったんだ、あのニガーは?」と聞かれると「ニガーって言うのはよせ」って反論するんです。

あの心境の変化。

8週間ドクター・シャーリーと過ごしたことによるトニーの心境の変化。ドロレスは、すごい嬉しかったんだろうなと。そこで、ピンポーンとチャイムが鳴るんだけど...というところも完璧で。

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ーーーーーーーーー ここからはラストシーンのネタバレを含んだ感想です。







ぼく最後は「どっちが迎えにいくんだろう」と予想していたんです。

このラストシーンへ繋がる出来事が演奏会の滞在先で起こっているんですね。滞在先のホテルで、トニーがドクター・シャーリーに聞くんです。「お兄ちゃんに手紙を書かないのか」と、するとドクター・シャーリーは「お兄ちゃんはぼくの住所を知っているけど」と答えます。

それに対してトニーは「嫌なことには、自分から行動しないといけないんだよ」といった話をしていたんです。

ここを経てのクリスマスのシーン。
1歩を踏み出した瞬間ですよ。

あの瞬間に涙でしたね。

── 感想を伺っているだけなのに、私までうるうるしてきました。感動的なシーンでしたね。

「やっぱり、居てくれたんだ」と思いましたね。でも、それを願っていたけど「簡単には行ってほしくないな」とも思っていて。電話でもして「来なよ」と伝えるような、そういうチープなやり取りではなかった。ここで、この作品はそういう破壊力を見せつけてきたんだなって。

映画の作り方としては「最高な作り方をしたんじゃないかな」と思うわけです。観たばかりのぼくがここまで言えるくらいですから、相当ですよ。


職業病

実はぼくのなかで「なんで人間って幸せなことを感じると、不幸なことを連想してしまうのか」という疑問がありまして。

これは職業病でもあると思うんですけど、暇だとぼくは不安で仕方がないんですよ。「暇だからあつ森をやろう」という考えには絶対にならないですね。最近ぼく夜も寝れないんですけど

── あ、そうなのではないかと...心配です。

これはゲームをするからっていうよりは、夜みんなが寝なきゃいけない時間帯に寝ようということがダメなんですよ。むしろ、みんなが動いているときに昼寝する方ができるんです。

── 安心されるからでしょうか?

そう。なんか、安心するんです。暇なときに自分が忙しく動いていたら、それが自分にとって自信になるだろうしという感覚があります。

話を戻すとこの映画のなかでは2つ連想したシーンがありました。1つは最後の演奏会です。ここでは、人種差別を受けたことを理由にコンサートを中止するんですね。

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その後、お客さんとして行った黒人専用のパブのようなところでピアノを演奏したドクター・シャーリーが、めっちゃいい気持ちになるんですよね。

ただ、その店のなかで現金を持っているのを盗み見ている人たちがいるんです。ぼくはワンチャン「ここで殺されるんじゃないかな」と思っていたわけですよ。

── さすがですね(笑)。

はい(笑)。なんかもう、襲われてとか...

── もしかしたら、また気持ちを落とされるときが来るんじゃないかと思われたんですね。

そうなんです。なんか思っていて。でも、この映画のいいところは「持っていない」と言い張っていた銃を実はトニーが持っていたので、追い払うことができたんです。いいオチが作ってある。ここから、ただ単純な幸せのストーリーで終わらせる気はないというのが汲み取れて良かったです。

もう1つはまた運転中に警察に止められるシーンですね。しかも、警察が1人で車まで来るんです。ぼくはワンチャン「ここでもう1回捕まってしまうんじゃないか」と。前回保釈してもらったときに恥をかいた警察官がいましたよね。「こいつが逆恨みしてきて銃で撃って殺しにくるんじゃないかな」と連想をしていたんですけど...

なんか「お前変な映画観すぎだろう」「どういう神経しているんだ」という会話になってきていますけど...

── でも分かります。犯罪捜査系の海外ドラマをよくご覧になる方も、同じ気持ちになるのではないでしょうか。

ありますよね。結果的には「パンクしてるぞ」という、ただの警告でしたが「人間って悪いやつだけじゃないだな」と思わせてくれるエピソードを、前回と対比させたシチュエーションで差し込んでくるあたりがさすがですよね。

という道中があってから最後に雪のなかの運転シーンじゃないですか。ここでも「事故って死ぬんじゃないか?」「この翡翠はどうやってその勇姿を守の?」「どこからか弾丸が飛んできたら翡翠に当たってとか?」と、考えてしまって。

── 頭の回転が早すぎますね。

いろんなことを妄想したんですけど、ごく自然と帰りましたよね。ただ運転手がドクター・シャーリーだった。そこも含めて「すごくいい裏切り方を毎回してくれるな」という感じでした。だから、全体的にはいい意味で裏切られ続けた映画だったのかもしれないですね。

最初は「これ面白いの?」「誰が主人公なの?」と思いましたし、道中でいろんな感情になることがありながらも、全部いい方向に裏切られたんですよね。

しかも、ドクター・シャーリーは人種だけでなくセクシャリティについても悩みがあるんだと。そこがより人間らしい方向に持っていってくれたように感じたんです。「そういうところもあるんだな」と。本当にいい意味でいろいろ裏切られ続けた映画でした。


通じ合うこと

いまダイエットをしていて83kgから72kgになったんですけど、1日1食ペースで生きているんですよ。炭水化物も抜いています。だから、トニーがピザを折って食べるシーンが気になって(笑)。

ぼくもズボラだし、脱いだ服とか全然片付けないタイプなんですけど、ベッドの上で食事するのは嫌なんです。お酒を飲むときのピーナッツはベッドの上でもいいと思うんですけど、メインとなるものをベッドの上で食べるのはあんまり好きじゃない。

でもトニーはピザを普通に食べてたし「それ折って食べれるの?」「俺が食べてたピザはもっとジューシーだから、肉汁とか、タレとか出てきちゃうんだけど」と思いながらも、トニーが食べているところをみてお腹が減りました。今もめちゃくちゃお腹が減ってます。仕事をしていて集中している一方で辛いんですよね(笑)。

平均よりはお金があるんだろうし食べることもできるだろうに、あえて食べずにハングリーに集中しているという、なかなかな状態でいま生きていて。

── なんだか、最近。鎌田さんからさらなる追い込みを感じています。

感じますか?

── はい。1人でもう1段高みへ登って行こうとされているなと。

でも、その高みに登った結論がドクター・シャーリーみたいに寂しいかもしれないじゃないですか。

── 😢

基本的には、トニーみたいな庶民派なので、みんなとワイワイやっていたいんですけど。

── でも、どんどん人はついていけなくなってしまうのでしょうか。

それは「マイ・インターン」の話ね(笑)。

本当にみんなと一緒にワイワイやっていたいけど、自分が孤独だからっていうので自分のレベルを落としたくはないんですよ。それに、もっと自分がやらないといけない時期だと思っているので。

GW中も結構仕事しているのって、UUUMを創業して以来だと思うんですよね。仕事のなかに自分を置いておくのが安心するんです。人に任せるようになったら楽になるので、新しいことも考えられるんですけど。

なんか、それだと落ち着かないというか。なんかこう、そうなんですよ、今は。だから孤独ではないと思ってますけど、ぼくにはあつ森があるんでね。なかなか楽しんですよ「あつまれ どうぶつの森」ってやつは(笑)。

『グリーンブック』に話を戻すとですね「これワンチャン分かるな」と思ったことがありました。ツアー中に、トニーが以前の友人と会うんです。そこで「もっといい仕事があるからやらないか」と誘われていました。そのとき、ドクター・シャーリーがトニーに「君を正式に雇いたい」と言うんですよ。

── あのときはドクター・シャーリーが焦っているように見えましたね。

焦っちゃうし、あの気持ちは分からなくないなって。

主従が逆転するわけじゃないけど「今いなくなると困るな」と考えるんですよね。はじめは「やっぱりトニーもお金で動くんでしょ?」と始まった2人の関係性がどんどん変わっていって、最後はコンサートも断ります。

あのときドクター・シャーリーが「トニーが決めてくれよ」と言ったのも、いろんなことが分かったからこその決断だったと思うんですね。トニーがお金で動いているわけじゃないことも理解した上で、今演奏した方がいいのかを決めてくれと。

こうして委ねるところからも「お互いの理解度が深まっているんだな」といことを感じました。『グリーンブック 』全体を通してもそうですね。

なんか、こう、いいなあって。

マイ・インターン」じゃないですけど、「こういう人がいたらいいな」というところにまた戻っていって。しかもなにがいいって、エンドロールに書かれていたんですが、その後もトニーとドクター・シャーリーは生涯の親友なんです。でもずっと一緒にいたということではなくて、ツアー後のトニーはホールの支配人になったんですよね。

そこで考えたことがありました。

「通じ合った人とはいつまでも同じところにいないといけない」というのは、ぼくは学生時代までだなと。社会人になったら難しくなるし、現実問題ぼくも通じ合った人とずっと一緒にいたら飽きると思うんですよ。例えば、あの8週間がまたあったとしても、トニーも飽きがくるだろうと思うんですよね(笑)。

通じ合うというのは、ずっと一緒にいないといけないってことではないだろうと思います。物理的なものよりもメンタルでということの方が大切なんだろうなと感じましたね。


ということでオススメされた映画でしたが楽しかったですよ。楽しかったというか良い映画だったというのが正しい表現ですかね。

ということで、今日はこんなかんじで!



最後に。(やっぱり毎回言おうと思います)
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