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【軽羹読書録】夏の流れ/丸山健二

THE夏バテ。

ご機嫌よう。kalkanです。

そうです。夏バテです。年々、暑さに弱くなっております。早く夏終わらないかなあ・・・

そんな本日は、丸山健二氏の「夏の流れ」の感想を綴らせていただきたいと思います。

それではよろしくお願いいたします。

平凡な家庭を持つ刑務官の平穏な日常と、死を目前にした死刑囚の非日常を対比させ、死刑執行日に到るまでの担当刑務官と死刑囚の心の動きを、緊迫感のある会話と硬質な文体で簡潔に綴る、芥川賞受賞作「夏の流れ」。稲妻に染まるイヌワシを幻想的に描いた「稲妻の鳥」。ほかに、「その日は船で」「雁風呂」「血と水の匂い」「夜は真夜中」「チャボと湖」など、初期の代表作7篇を収録。

こちらは、たまたま古本屋で出会った一冊。

丸山氏は1966年にこちらの「夏の流れ」で、当時最年少である23歳という若さをもって芥川賞と新人賞を受賞。

淡々とした文体で「日常」と「非日常」を対比させながら綴った「夏の流れ」は、なかなかにリアリティがあって、だけど心にスッと入ってくる作品。

このあと、68年に発表された「正午(まひる)なり」も読んだのだけれど、個人的には短編作品のほうが好みだ。

【平凡な家庭も持ち、平穏な日常を過ごす主人公】

物語は、日差しの強い夏の朝から始まる。

主人公の佐々木には家庭があり、小さな子供たちは朝からすでに家の中を駆け回っている。

台所で朝ごはんを準備している妻のお腹は大きく、3か月後には家族が一人増えるらしい。

そんな平穏な家庭。その大黒柱である佐々木の仕事は「刑務官」。
それも死刑囚が収監されている刑務所で働いている。

佐々木が起床してから職場までの道中で、徐々に「日常」から「非日常」へ、「安穏」から「不穏」へ変わっていくような、そんな印象を受けるのは、佐々木の仕事が「刑務官」という、普段の生活でまったく関わりのない職種であるからだろう。

彼はただ、いつも通りに起床し、いつも通りに家族と接し、いつも通りに家を出る。そしていつも通りに、いつもの道を歩いて職場へと向かう。

けれどそこに「違和感」を感じるのは、彼の特殊な職種のせいなのだろうか。果たしてそれだけなのだろうか。

【二人の仕事仲間】

佐々木の仕事仲間として二人の人物が登場する。

一人は気の知れた同僚であり、釣り仲間でもある堀部。
あっけらかんとした明るい人物で、休みの日には釣りに行くのが趣味。
なかなか子供に恵まれないものの、平穏な結婚生活を送っている。

もう一人は新人の中川。
真面目なものの、この仕事に慣れていないため精神的にまだ弱く、囚人にも舐められている。

物語はこの中川の登場で少しずつ色が変わっていく。

【普通とは、平常心とは】

ある日、死刑囚の死刑執行が決定する。

担当となったのは、佐々木と新人の中川。

結果的に中川は「死刑執行」という大役に恐怖を感じてしまい、堀部に替わってもらうことになるのだが、中川が佐々木に泣きついてくるシーンで、以下のやり取りがある。

『いや、佐々木さんは平気なんだ。きっと、あの仕事が好きなんです』
「好きなもんか」
私は少し腹が立ってきた。
『いや、やはり僕が駄目なんです。僕が弱すぎるんです、きっと。臆病者です』
「そんなことないよ」
『いや、僕が臆病なんです』
「ここに勤務する時、所長の訓示聞いたろう?」
『あれは正しいです。所長の言ったことは正しいです。そのことは僕にもわかります。誰かがやらなければいけない神聖は職務だって……。でも、僕には出来ません。とても無理です』
43~44ページ

佐々木が『少し腹が立ってきた』のはなぜか。

佐々木にとって刑務官という仕事はなんなのだろう。

佐々木自身、家族が増えることに対して金銭面での焦りを感じており、この死刑執行によって与えられる「特別手当」を貰うことで賄えそうだと思案するシーンもある。

果たして本当にそれが本音なのだろうか。

【執行、その日】

その日は朝から空は雲に覆われて、今にも降り出しそうな天気だった。

事実、執行直前には雷を伴う大雨となった。

死刑囚を迎えに行き、そして刑を執行するその一連の流れは、あくまでも佐々木を通して客観的に淡々と綴られる。

あまりにも硬質な文体なので、ググッと深い部分にまで入り込んでしまって、息苦しくなる。

佐々木の心情は語られない。目の前で起きている事実のみが綴られている。

今までも佐々木の心情は描かれることはなく、あまり口数の多い人物ではないためにその人物像ははっきりと思い浮かべることができない。

だが、最期まで生きることを諦めない死刑囚の、その客観的に描かれた本能的な部分と、淡々と仕事をこなす主人公のそのギャップが、読んでいる私の心を苦しくさせた。

執行後の堀部との会話。

『まずまずってとこだな』と堀部が言った。
「うん?」
『今日の仕事さ』
「そう考えればな」と私は答えた。
73~74ページ

佐々木の一言に、どことなく「重さ」を感じたのは私だけだろうか。

【"非日常"から"日常"へ】

執行日の翌日、特別休暇を使って佐々木は家族で海へと向かう。

子供たちと遊び、パラソルへ戻ってきた主人公は、妻ととりとめない会話の中で妻に尋ねる。

『子供たちが大きくなって、俺の職業を知ったらどう思うかな?』
「どうして?あなた今までそんな事言ったことないわ」
『そうか』と私は言った。『ただ、思ってみただけだ』
80ページ

何も思わないはずがない。
中川は「佐々木さんは平気なんだ」と言ったが、最期の最後までもがき苦しむ死刑囚を見て「平気」な人間などいない。

口に出さずに心の中だけで考え続けることだってある。口に出すものだけが全てではないのだ。

【軽羹読書録】

死刑執行というのは立派すぎる仕事だと思う。

そしてそれを支える奥さんも、とても立派だと思う。

この平穏すぎる日常の中で、非日常的な仕事をする主人公と、残された日数を過ごす日常の中で、HPを減らしながら生きる死刑囚。

全てが対比された世界で、淡々と綴られる日常と非日常。

月並みな感想になってしまうけれど、これを当時23歳が書いたなんて、すごい才能だなぁと思う。

先日、芥川賞が発表されたばかりだけれど、こうして過去の受賞作を読むのも楽しいなと思う今日この頃なのでした。

というわけで本日はここまで!
お付き合い頂きありがとうございます。
kalkanでした!

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