コンポステーラの音楽: Dum Pater Familis

はじめに

コンポステーラの音楽。今回は「Dum Pater Familias」です。
前回につづき2回目となります。1回目の記事では「Kyrie」を扱いました。

「Kyrie」が全き聖歌であったのに対し、今回の「Dum Pater Familias」は些か謎に満ちた作品です。というのも、その音楽性もさることながら、発見までの経緯も含めて興味深いためです。また、魅力的な演奏にも恵まれた一曲で、たいへんオススメです。

前回同様、曲の簡単な説明と録音を紹介する内容となります。
ひきつづき専門的な話はできませんので、何卒ご容赦のほどをお願い致します!

1.Dum Pater Familias について

この曲は古い巡礼歌とされています。一般に「Dum Pater Familias」という名で呼称されていますが、曲名は存在しません。
本作の古さを傍証する理由のひとつが――改めて後述しますが――、アキテーヌの多声音楽にみられるような記譜法、campo aperto の使用です。campo aperto は音部記号や音高の位置を示す横線(いわゆる四線や五線)をもたない、読解の難しい記譜法です。
ボイエルン修道会の写本などにその例がみえますが、特に有名なのはアキテーヌの多声音楽でしょう。

José Flores Laguna「Ultreja」. 1882.

この曲の発掘には紆余曲折がありました。
「Dum Pater Familias」に光をあてた最初の人物は、マドリードの José Flores Laguna でした。彼はコンポステーラのカビルド(行政機関)から特別に依頼されて写譜をおこないました。
ところが、その研究の成果報告である初演(1882年7月25日・26日)は、決して良いものとは言い難い結果に終わったようです。すなわち、当時の証言(Diario de Santiago.1882年7月26日付)によれば José Flores Laguna はオーケストレーションを用いた編曲をおこなうなどしたらしく――証言では「作曲」とさえ言われています――、誤った印象を人に与えてしまうような、およそ初演としては相応しくない体裁をもって聴衆の前で演奏されたそうです。

Diario de Santiago.1882年7月26日付.

この事件の原因としては、写譜を手掛けた Laguna に専門的な知識が欠如していた点にあるとされ、多くの研究者や演奏家たちの承認を得た写譜の登場は、Dom Joseph Pothier と Padre Germán Prado による成果を待たねばいけませんでした。
また、この作品は長らく「フランドル巡礼者の歌」として知られていたようですが、やがて巡礼者の讃歌と比定されるようになります。

この曲の見逃せない特徴は、歌詞が多言語で構成されている点にあります。基本的にはラテン語で書かれていますが、サンティアゴ・コンポステーラを讃め称える部分では、フラマン語や中世ゲルマン語に近い外国語が織り交ぜられています。コンポステーラには色々な国から巡礼者が訪れていたわけですが、国を超えて巡礼者同士が励まし合うため、このように構成されたのだと言われていいます。
このほか脚韻にも特徴がみられるなど――偶数行と奇数行のスタンザにそれぞれ異なった規則が与えられています――、たいへん興味深い作品であるといえるのです。

2.「Dum Pater Familias」の音楽と録音

つぎに、譜を実際にみてみます。

Calixtinus: Dum Pater Familias 部分

先述したように、音部記号や音高を指示する線などがないことがわかります。また、前回言及した「Cunstioitens Genitor Deus」と様式的に全く異なっていることが理解されます。
校訂された楽譜をひとつ参照します。

Cappella Romana による校訂

ちなみに、José Flores Laguna は下記のように校訂したようです。まったく違うのがわかりますね。

José Flores Laguna による校訂

ところで、「Dum Pater Familias」が純粋な典礼曲であったのか、あるいは巡礼歌として世俗に馴染んでいた曲であったのかには議論があり、定説がありません。
それだけに、「Dum Pater Familias」には聖歌としてアプローチされた録音もあれば、楽器を多用した巡礼歌的なアプローチによって演奏された録音もあります。以下、その両方を紹介するかたちで録音を参照してみます。

➀聖歌として演奏された例
典礼曲として歌った演奏でも、団体によって単旋律的に歌うか多声的に歌うかで特徴がでてきます。

➀ ー 1. 単旋律で歌われた例

スペインを中心に大ヒットを記録した聖歌隊、ローマ聖歌の発信に一役を買った Coro de Monjes del Monasterio de Silos による演奏です。単旋律で歌われた例としては、最も「標準的」な気がします。

前回の記事でも紹介した Anne Marie - Deschamps 率いる Ensemble Venance Fortunat の演奏です。詞章を割愛した演奏ですが、リフレインを「これでもか」というぐらい意識的に歌っている点、敬虔な雰囲気が伝わってきます。
「Dum Pater Familias」ではなく「Ultreia」を曲題としているところに、彼らの意図を感じさせます。
※Ultreia … コンポステーラの巡礼を励ます言葉。「もっと先へ」の意。

➀ ー 2. 多声的に歌われた例

ビンゲンの録音の紹介者としても知られる SEQUENTIA の演奏です。面白い録音をたくさん発表しているアーティストですが、曲の最後部分で多声的になるという時代的な様式を取り入れています。冒頭に配置したアキテーヌの多声音楽にもみられる演奏方法です。

Marcel Pérès が監督する Ensemble Organum の録音です。彼らは低声の持続音を導入し、また、リフレイン箇所を他の歌詞と同時進行で歌う形で一種の対旋律として機能させています――ドローンを含めると3声部——。さらに曲の最後に「Amen」を導入することで、部分的に4声部で仕立てています。ここまでやるか、と言いたくなる演奏ですが、たいへん好きな演奏のひとつです。インターネットで現代譜を検索すると、明らかに彼らの演奏に基づいたものが多くヒットします。良し悪しあると思いますが、それほど支持を受けていることの傍証でしょうし、ある演奏団体の解釈がここまで受容されているのは、興味深い現象と言えるかもしれません。
まったくの余談ですが、 Marcel Pérès は Anne Marie - Deschamps の弟子であり、 Ensemble Venance Fortunat にも参加していた時期がありました。

②世俗的な雰囲気で演奏された例

まず Thomas Binkley 指揮、 Studio der frühen Musik の演奏を掲げました。
Binkley は古楽の名演奏家というだけでなく、いわゆるカルミナ・ブラーナ写本の本格的な解読をいち早くおこなうなどしたスペシャリストでした。
この録音集は巡礼路の各地に点在する音楽とコンポステーラの音楽を収録したアルバムで、巡礼の旅を音楽によって体験する、というコンセプトが込められています。穏やかな抒情性に満ちた演奏ですが、技巧的な聴かせどころも多い名盤だと思います。また、曲のおわりに「Amen」を挿入することで、世俗的でありながら同時に信仰心をうかがわせる録音としています。

数多くの名盤を世に送り出してきた Philip Pickett 率いる New London Consort の演奏です。ギラギラとした曲調は Binkley らのアプローチとは全く性格を異にしていますが、武骨で絢爛な雰囲気が楽しい録音です。

おわりに

「Dum Pater Familias」を記事にしました。
コンポステーラの音楽については、あともう1曲ぐらい、と考えているのですが具体的な作品については思案中です。
また、コンポステーラを題材とした20世紀の音楽作品をひとつ紹介する予定でいます。改めていろいろ聴いてみましたが、本当にいい作品が多いですね。

なお、もっともっと興味がある方は、下記へどうぞ。Ultreia!

https://albertosolana.wordpress.com/2014/10/28/16-dum-pater-familias-o-canto-del-ultreia/

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