コンポステーラの音楽: Kyrie - Cunctipotens Genitor Deus

はじめに

コンポステーラの音楽と銘打って、コンポステーラにゆかりある音楽作品を紹介します。
本当はTwitterで呟く程度にするつもりだったのですが、改めていろいろと調べたり聞いたりしているうちに、note もはじめたことだし、ちょっと書いておきたいな、という気持ちに転じた次第です。

今回から数度、サンティアゴ・コンポステーラに関係する音楽作品と、その演奏・録音を紹介していくつもりです――専門的なことは一切語れません!——。
まず、Calixtinus写本に収録された「Kyrie: Cunctipotens Genitor Deus」から。

1.Kyrie:  Cunctipotens Genitor Deus について

「Cunctipotens Genitor Deus」はよく知られた Kyrie のトロープスです。
きょうではローマ聖歌のミサ4番の Kyrie として歌われています。
ソレーム修道院の演奏を参考までに。


この Kyrie の旋律は、中世の色々な写本で見出すことができます。
単旋律の聖歌としてはFontevraud Gradual、Bologna の Q. 11などに見受けられます。
オルガヌムの作品としてはMagnus Liber Organi(『オルガヌム大全』)に載っているほか、マショーのミサ曲の Kyrie におけるテノルの旋律は、この Kyrie に基づいています。


Faenza 写本では鍵盤作品として編曲されていますし、Q. 11写本には Benedicamus のトロープスとして登場します。また、Las Huelgas 写本には「Rex Virginum Amator」というトロープスになっています。

Q.11: Benedicamus(Cunctipotens)

さらにマイナーなところでは、ドミニカ共和国に伝わるミサ典礼では1番に位置づけられていたらしく、また、ガリア地方のローマ聖歌には「Omnipotens Genitor Deus」というトロープスが歌われていたようです。
下の動画はドミニカ共和国のミサ曲ですが、たしかに「Cunctipotens」の旋律がうかがえます。

以上から、「Cunctipotens Genitor Deus」として知られる Kyrie の旋律が、地域と時代を超えて大切に歌われてきたことが理解されます。


2.Calixtinus写本の「Cunctipotens Genitor Deus」

Calixtinus 写本に「Cunctipotens Genitor Deus」のオルガヌムが存在することは、コンポステーラの音楽もまた、その例に漏れないことを示していると言えましょう。
余談ですが、Calixtinus 写本の Kyrie には、あともうひとつ「Rex immense」があります。

実際に作品をみてみます。下記は Codex Calixtinus 所収「Cunctipotens Genitor Deus」の一部分です。下の声部が長い音価を保ち、上の声部がこれを彩るように伸びやかな旋律を響かせています。

Calixtinus: Kyrie (Cunctiopotens Genitor Deus) 部分

つぎに演奏を載せてみます。いろいろなアンサンブルが録音をしていますので、やはり人気曲であるということでしょう。
ここでは私個人のお気に入りをピックアップするかたちをとらせていただきますが、演奏者に関するプチ情報も併せて書いてみました。

まず、最もよく知られた演奏であろう Anonymous 4 の録音から。
Anonymous 4 はアメリカを拠点に活動する女流アンサンブルです。多く男声で歌われていた宗教音楽作品を、あえて女声で演奏することを通して、作品の素晴らしさを伝えてくれています。もちろん、グループ名は「第4の無名者」をもじったもの。

こちらは Anne Marie - Deschamps 率いる Ensemble Venance Fortunat による演奏です。個人的にイチオシの名盤と思います。
Deschamps はフランスを拠点に活躍する中世音楽の研究者であり、また Ensemble Venance Fortunat の監督でもあります。マルセル・ペレスやドミニク・ヴェイヤの先生にあたる人物で、ソレーム唱法に代わる演奏法を研究・実践する人物です。
Anne Marie - Deschamps / Ensemble Venance Fortunat は別のアルバムでも同曲をとりあげています。

先だって男声がトロープスを平行オルガヌム風に演奏し、そのあとに Calixtinus 写本の曲を配置しています。先ほどの録音とはアプローチが異なっているようです。

3.おわりに

サンティアゴの音楽として、Codex Calixtinus より、「Cunctiopotens Genitor Deus」を紹介いたしました。
あともう2回ぐらい書きたいな、と考えております。次回は「Dum Patef Familias」の予定です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?