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初めての伐倒 Vol.2


いくら何でも、いきなりこんな大きいのは伐らせないでしょ。ナイナイ。

多分、劣勢間伐(成長の悪い木や曲がった木を抜き伐りすること)か何かに違いない。きっとどんなに大きくてもいいとこ20cmとかかなぁ。と思ってた。

しかし、私の淡い思い込みは情け容赦なく切捨てられました。
伐る立ち木の前に立ってボーゼンとした。

『マジか...』

胸高直径なんて測る余裕なんてものは全く無く、伐倒前にお祈りする気持ちもあまりの大きさにびっくりして遠くへ吹き飛び、自分の持たされたチェーンソーの刃の長さよりも大きな根元に声も出なかった。しかも、結構良い立木で、これは手入れのための伐採という意味だけではなく、ちゃんと集材して売り物にするための収穫も兼ねると言うじゃないですか…それを聞いて更に私の緊張はMAX。

ガサガサとササとアオキを掻き分け進み、N氏は太くて大きな杉の木の根元に生えた草木をざかざかと鉈で伐り捨てる。これは伐倒作業の場と、木が倒れる時に退避する場所を確保するため。

私のチェンソーデビューは樹高23m、58年製生の飫肥杉でした。

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(伐る樹を見てボーゼンとしているワタシ...)

その立木の根元にチョークで“受け口”と言われる切れ目を入れる場所の線を書いてくれた。先ずはこの受け口の下のところ。水平に切れ込みを入れる。

『はい。じゃ、ここから切って。』

え!?え!?もう!?そうか、そうですよね!?あ、えっとえっと…(汗)

誤操作防止用のストッパーをかけてスイッチ入れてエンジンをかける紐を思い切り引っ張る。ドルルルルルルルン!!とエンジンがかかる。アクセルを開ける。
ゥワーーーーーーーーーン!!!!!とチェーンソーが唸り、『もっとふかしてみて』と言われマックスまでアクセル開ける。なんだか風圧?で勝手にチェーンソーが動く。

『怖っ!!!』

で、2回目の
『はい、じゃ、ここから切って』指示。

『はいっっっ!! 行きまーす!!』

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返事だけ元気にしたものの恐る恐る歯刃を入れる。

勝手に切れてく感じ。
おが屑が飛び散り思ったより滑らかに歯が入っていく。怖い。しかし既に何が怖いのかすらもよく分からない。

頭の中は、もう、“失敗しちゃダメ”と“怖い”のループ。

数センチ切っては不安になってエンジン止めてチェーンソー抜いて、N氏の顔と安全のため周辺を監視していたS氏の顔見てを繰り返し、数回目で軽く注意。『エンジンは止めても良いけど刃は抜いてはいけません。』
そんな風になんとか受け口を作った。

で、見てみると私が躊躇った為に切り口は波打ち、水平(杉がお天道様に向かう角度と垂直)に伐らなくてはならない最初の一刀が手前の方に上がっている。右手がビビって縮こまり上がってしまったのだと解説してもらった。

唸るチェーンソーは怖いし、強化繊維の入ったズボンに強化プラスチックの入ったブーツ。足首は曲げることもままならないので、傾斜もあいまって足の置き場に困る。胸の高さ以上にチェーンソー上げちゃいけないのに片足の置き場が既に腰の高さ。危険な重たい機械(一番小さくて軽いやつだけど)と斜面と人様の財産を扱うというプレッシャーと明らかに自分より長く生きている生き物を今から殺すという緊張とか色々なものががごちゃ混ぜになって変な汗が出る。

すると突然チェンソーが止まってしまった。え?壊した?何何?と焦ったらどうやら私がまごまごして無駄にエンジン回してガス欠になっただけだった。

もう、何するにもビクビク…。もうヤダ止めたい…。

ガソリン入れて、上着一枚脱いで気を取り直して再度挑戦。

今度は追い口。

私が受け口作りをミスしたので追い口の高さが変わり、少し土を除けなくてはならなくなったのでN氏が足で土を掻いた。そこに小さな蜘蛛が慌てて出てきた。N氏には見えておらず、デッカイ長靴で蜘蛛ごと地面を踏み固める。『あ…』って思ったけど口に出せるわけもない。
伐倒する作業以外の全ては自分で制御不可能。

そうこうしながらもなんとか切り進めるとなんだかメリメリと微かな音が
『あっ…?』
『あ、いきますね。はい。避難してください。』

ザザザザザザザザ〜〜〜〜〜〜!!!!と周りの枝葉を鳴らし
ドド=======ン!!!!!!!!

という地響きとスローモーションのような映像と共に、そのスギは他の伐らない予定のスギと大きなクスノキの間、わずか数メートルの隙間に倒れて行った(勿論、これはN氏が私の作業を常に微調整しているからです)。

なんだか、とても妙な気分だった。

その瞬間は、感動とか、悲しいとかそんなものは一つもなく、 『あ…。倒れた』ってことと『クサビ使わなかった』ってことだけだった。自分のその無感動さがまた更に不思議だった。

そして、切り口の解説を受けしみじみ思う暇なく2本目の支障木の伐倒に入った。
『1本じゃなかったのね…』

足場が定まらないせいもあって受け口の45度の角度がうまく出せず、直してもらったのを除くと、1本目よりかはいくらかは時間がかからなかったようでした。

ただ、1本目はN氏にして頂いた“芯切り(伐倒時に幹が裂けないようにする加工)”は自分でやらされたので(当り前だけど)チェーンソーの先を使ってキックバックしないかと恐怖で背中からお尻までザワザワしたけれど、なんとか芯切りも出来た。 中途半端に知識を入れているだけに恐怖も倍増。

最後のくさびを打ち込むところで、トンカチの代わりの手斧がくさびに当たらず、何回か木を叩いてしまいマヌケな音がした。 それでも一所懸命くさびを叩いていたらちょっと涙が出そうになった。何故なのかなんてわからなかったけれどただ単に夢中で叩いた。

ヨキ

叩いている間、熟練の職人さんたちはこのくさびを打ち込むのもなんてことなさそうにしているのに、“こんなに大変なのか”と思った。そして、また微かなメリメリという音がしてきた。避難。

そして、樹はゆっくりと傾いていった。

小さな凹地に橋を架けたように横たわった、たった今伐倒したばかりの2本の大きな丸太の上を歩いて渡り、S氏が先端の1.5mを鉈で採ってくれていた。

『はい。』

と手渡されて採ったばかりのなみなみに水分を含んだ最高の材を抱えた。

瑞々しい芳香が上がっている。

『重たいし足場が悪くて危ないから持とうか?』とS氏が言ってくれたけれど、これだけは自分で運びたかった。歩きにくい防護靴と重たい防護ズボン。更に重たい枝を持ってヨチヨチと、また木の上を戻る。

伐り株のところに戻ってきてそのピンクで瑞々しい伐り株をグローブを外して撫でた。オガ粉を避けると手が水分で濡れた。

樹は生きている時、とても沢山の水分を含んでいる。

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これが私の初めての伐倒体験でした。

初めにN氏に伐倒してみますか?と言われた時、私はかなり困惑しました。

しかし、やると決めた訳は大袈裟に聞こえるかもしれませんが、私にとってこれは『樹の命を学ぶ』ことと繋がるような気がしたからです。

恐ろしいながらも実際にやってみたい。知らないと人を気遣えないことも出てくるかもしれない。そうなると山仕事をする人たちとの連携にも関わってくる。
そして、商品開発をする時のコストのことを考えるための抑えておかなければならない大切な経験にもなる筈。
更には最近は人に見せるものを書くことも多いのでキチンとした表現をするためにも必要なことだと思ったから。
やらなくてもきっと仕事はできるけれど知っていて悪いことはない。

なのでやると決めた。

私は精油業者。植物とは言え他の生物の命を絶ってものづくりをすることを生業とする身。そこを避けて通って誰かにさせれば良いというのか…。殺めることを避けて通って綺麗なところだけではそれこそいけないような気もした。知っておかねば。

実際、経験してとても良かったと思う。
この経験が腹に落ちたのは収穫した枝葉を一人で蒸留していたときだった。
アランビックの横で蒸されていく伐りたての60年近く生きた樹から滲み出る香りを胸に吸い込みながら、独り、想いを巡らせた。
葉をハサミで切っていたときに小さなミノムシが付いていた。
伐った木だけではない。
土の中の小さな生き物や、周りに住んでいる小動物や鳥達も巻き込む仕事だ。

やっぱり、この胸の痛みは抱えて良かった。
自分が何をしていて何をしなくちゃいけないのかなど踏まえて腹が坐る。
職人さん達が樹を伐るのは"収穫"。勿論、心がないわけではない。
彼らは強くて優しい人が多い。
”森”として考えると伐った方が森の健康にはいいことも沢山ある。

”森そのもの”を大切にしながら林業を営むこの森。
私はここで初めての伐倒を迎えて良かった。
形だけの”祈り”よりも、私にとって尊いものがあった。
人は大きな何かを本当に実感するまでには時間がかかる...

S氏N氏及び今まで現場で施業を見せてくれた職人の皆さんと山主さん、
そして、今までお世話になった各地の森と山の人たちに感謝を込めて。

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初めてのアランビック蒸留に続く。

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