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”折り紙を見る眼” 第1回折り紙品評会『ポリプテルス』

 折り紙作品を見るときに、あなたはどこを見ているだろうか?

 「昔折り鶴を折ったことがある」。日本人の多くはそんな経験の持ち主だろう。そんな折り紙が近年急激に発達し、様々な作品が創作されているのは皆さんご存じだろうか?
 SNSやメディア、大学の学祭での展示など、折り紙作品を見る機会は年々増え、リアルな動物の折り紙やかわいいキャラクターの折り紙などを一度は見たことのある人が増えていると思う。私の世代で折り紙にのめりこむきっかけと言えば、何といっても『TVチャンピオン』だ。作品がだんだんと形になっていく様子を見て、子供心が大きく揺さぶられたのを今も鮮明に覚えている。

 しかし、そんな現代の折り紙作品を見た感想として、「なんかすごい」「かわいい」「かっこいい」で止まってはいないだろうか?美術館で絵画を見たときに、「何かよくわからないけど、絵が上手い、すごい」となる、あの感覚である。もしかしたら今はまだ、折り紙作品の本当の魅力に触れられていないのかもしれない。もっと知識があったら、もっと情報があったら、その折り紙作品はより魅力的に映るかもしれない、そう私は感じている。

 現代折り紙の世界は、技術的にも表現的にも日々進化している。しかし、「どこがどうすごい」といった情報の発信が足りず、その魅力を伝えきれていないのが現状である。
 ・創作者は何を考えてその作品を作ったのか
 ・どんなところがその作品の魅力なのか
 ・その作品はどこが新しいのか
 そんな”折り紙を見る眼”を、折り紙作品の品評会を通して紐解いていきたい。

筆者自己紹介

kal_ori
 スーパーコンプレックス(超複雑系)折り紙を得意とする折り紙創作家。早稲田大学折り紙サークルW.O.L.F.元代表。鱗まで折りこんだ魚など、ハイディテールな作風が特徴。不切正方形一枚折りにこだわらず、長方形や複合での作品作り、作品への着彩など、自由なスタイルで折り紙創作を行う。


折り紙作品品評会の概要

 ”折り紙を見る眼”を養うにあたり、創作者が自分の作品紹介を行い、レビュアーがその評価をするという、折り紙作品の品評会を開催した。これは、折り紙作品の創作者と、折り紙作品を鑑賞する人の相互のコミュニケーションを通して、折り紙作品の評価点を分析・検証することを目的としている。

折り紙作品品評会 実施概要

 第1回となる今回の折り紙作品品評会では、拙作『ポリプテルス』を評価対象作品とし、折り紙に造詣の深い3名のレビュアーに評価をしてもらうこととした。実施概要は図のとおり、創作者が作品の写真と解説資料を作成・共有し、それを見てレビュアーがそれぞれ評価資料を作成、資料とともにボイスチャットを併用して創作者にフィードバックするものである。作品に対する建設的な意見の共有によって、創作者が何を考えてその作品を作ったのか、レビュアーはその作品をどのようにとらえているのか、その詳細を記録・分析・発信することが目的である。

評価対象作品『ポリプテルス』

 今回の評価対象の作品は拙作『ポリプテルス』である。創作者である私が作成した作品解説資料は以下の図のとおり。作品写真とその解説をそれぞれA4用紙1ページにまとめ、レビュアーに共有した。

『ポリプテルス』作品紹介資料

 以下、作品紹介資料をnote用に展開する。

『ポリプテルス』

ポリプテルス Polypterus
 不切長方形(1:2)一枚折り、全長約80 cm
 主材料 三層構造の紙(障子紙-アルミホイル-薄葉紙)
 副材料 アクリル絵の具、芯材、ボンド

作品解説

ポリプテルスという魚
 ポリプテルスは、熱帯アフリカの川や湖などの淡水域に生息する古代魚の一種である。名は多くの(Poly)ひれ(pterus)という意味で、背中に小離鰭(しょうりき)という背ビレを多く持つのが特徴である。細長く円筒形の身体と扁平な頭部を持ち、体長は種類によるが30-100 cm程度まで成長する。
 世間の知名度はそう高くはないがマニアには絶大な人気を誇り、本種のみを収集・飼育する愛好家も多い。特に大型種の筋肉質な体格は非常に魅力的であり、マニアの水槽では丸太のように積みあがったポリプテルスの姿を見ることもしばしば。普段は水槽の底でじっとしているが、胸ビレをパタパタと振りながらのんびりと泳ぐ優雅な姿も見せ、下あごの突き出したふっくらとした唇やくりくりとした目はたまらなく愛らしい。
 本作品のモデルとしたポリプテルス・アンソルギーはポリプテルスの中でも大型の種で、筋肉質で迫力のある体躯が特徴の種である。

設計と制作
 本作品の制作にあたって、私は設計を行っていない。折り紙の業界では、創作に伴って展開図を設計し、”再現性”のある創作活動を行うことが多いが、私の本作品における創作スタイルは”即興”である。
 本作の特徴である体表の鱗のパターンは紙を大きく収縮させる構造であり、鱗を全て折りこんだ状態では紙の大きさは縦横約1/3になる。これは裏を返せば3倍に伸長できるということであり、その伸長した部分で頭部、ヒレなどのパーツを折りだすことができる。折り紙には”円領域”というカドの長さに応じた紙面領域を要求されるのが原則であるが、紙をあらかじめ収縮させることで、疑似的にその円領域を突破し、パーツを折りだすことが可能になる。紙が伸びるようになれば、その後の造形は粘土的で自由度が高い。
 こういった構造はエリック・ジョワゼル氏の作品に多く見られる。代表作の『クレインの海賊』では、鎖帷子のような鎧の構造を紙面の中央に配置し、正方形の四つ角部分で頭部・両手・武器をそれぞれ折りだす構造を取っている。ジョワゼル氏の作品と私の作品は構造上は似ているが制作法は異なり、ジョワゼル氏の場合は各パーツを折り出してから鎧のパターンを作りこんでいるようだが、私はその逆で、鱗のパターンを折ってからその他の部分を伸長して各パーツを折り出している。いずれにせよ、即興性、造形性が高い制作方法である。

構造的な特徴

ポリプテルス展開図(簡易版)

 制作中に展開図を作成してはいないが、展開図を簡易的に描くとすると上記のようになる。1:2の長方形の紙を長手方向に使用し、ほぼ全面に鱗パターンを配置、前方中央を頭部、両隣の角を胸ビレとしている。後方の大きなヒレは、長方形後方の片方の角を大きな尾ビレ、もう片方の角を尻ビレとする部分非対称構造を取っている。長方形ではあるが、魚の折り紙作品によく見られるカド配置である。
 ポリプテルスの特徴である連続した背ビレ(小離鰭)は、鱗のパターンから波及した紙面中央のひだを使って折りだしている。カド配置は二列で交互にカドを捻出する構造を取っており、その結果として隣接かつ連続するヒレを折り出すことに成功した。体表の鱗パターンは、ポリプテルスに特徴的な”ガノイン鱗”という硬質で瓦のような鱗を再現するため、単純な縦横の段折りに加えて、裏面から止め折りを行っている。この止め折りは、単純な段折りで生じてしまう紙の捻じれを防ぐという役割も兼ね、モチーフのディテール表現としてのみならず、造形においても一役買っている。

造形的な特徴
 本作品の造形指針は、ほぼライフサイズで詳細にモチーフを表現することである。本作品のモデルとしているポリプテルス・アンソルギーは種の中で最大種にあたる大型魚で、小離鰭の数も多い。縦に10-12列ある鱗と17個連なる小離鰭を造形するため、長方形の用紙を縦192等分横96等分したグリッドを基準としている。また、芯材を用いて立体的に整形し、扁平な頭部、円柱状の腹部、傾斜的に薄くしなやかな後部を再現している。各ヒレのサイズも実物と同じように折り出しており、特にチャームポイントである胸ビレは大きく広がるように整形している。頭部の造形もイメージに忠実に、厚い唇と大きな目、エラまでつながる側部も大きな面で表現している。
 使用した紙は約1 m×2 mの大きさで、アクリル絵の具で着色した障子紙と薄葉紙でアルミホイルを挟み込んで接着した三層構造の紙を使用しており、完成形は全長約80 cmで、ライフサイズと同等である。本作品は、折り紙的な表現を加えながらも、本物の生体標本のような造形を目指して、制作を試みた物である。

 以上が創作者である私が作成した作品の紹介資料である。自分のモチーフへの愛着と、設計・制作指針、構造的・造形的指針を簡単にまとめた。この資料をもって、3名のレビュアーに率直な作品評価してもらい、さらに、評価資料の解説のあと、創作者である私がその評価を深掘りをする質問をして、その回答もいただいた。

 それでは、3名のレビュアーが作品をどう評価したのか、順番に見ていこう。

レビュアー① kyoppy氏

レビュアー紹介

kyoppy氏

 豊富な経験を持つ折り紙愛好家。創作はあまりしないが折り紙経験は深く、折り紙作品に対する評価についてブログ・noteで幅広く発信している。また、折り紙を使ったゲーム『折り紙伝言ゲーム』『折り紙ウルフ』『シンプレックス折り紙』などを考案し、様々な角度から折り紙の楽しみ方を探求している。
元所属サークル:京大折り紙サークルいまじろ~
SNSリンク X(旧Twitter) note

作品レビュー

良い点

  • 造形作品としての完成度。全体のプロポーション、ディテール、ライフサイズならではの迫力や量感。

  • 創作方法の独自性と、制作におけるバランス感覚。少しでも間違えば「折り紙」から逸脱しそうな手段を取りながらも、ちゃんと「折り紙だからこそできる」造形になっている。

  • 鱗の仕上げ方が好み。細かい所まで気を配っているのが分かる。

『ポリプテルス』鱗写真

 このようなリアル路線の作品における私の評価軸は、
  1. 造形作品としての評価
  2. 折り紙としての評価
の二つがあると思っている。
 例えば、非常にリアルな造形の昆虫作品があったとして、それは単なる「造形作品」としては素晴らしいものであるが、同様に「折り紙」としても完成度の高いものであるとは限らない。例えば、クシャクシャに丸めた紙を少しずつ捩って、非常に写実的な昆虫を作ったら、それは「折り紙」と言えるのだろうか?

 どこまでを折り紙と呼ぶのか、みたいな話は置いておいて、少なくとも自分の中では、折り紙を折り紙たらしめるものは「秩序」であると考えている。
この作品の場合、その創作方法はともすれば折り紙の領域から外れてしまいかねないものである。しかし、規則的な鱗と、適切に折り出された背鰭、一度広げた後に畳み直すことで幾何学的な要素をいくらか取り戻した頭部といった、有機的な造形と秩序だった折りのバランス感覚によって、折り紙としての評価を保っている。

 「折り紙らしさ」みたいなものは普段はそんなに気にする必要はないが、とことん写実を極める場合はネックになってくるように思う。本当にリアルな造形をしたいのであれば、彫刻や塑像を作ればいいじゃないか、という話になってしまうからだ。「折り紙に見えない」と「折り紙らしい」をいかに両立させるかこそが、折り紙作品の評価のカギなのではないか?

 例えばテントウムシという題材を作るとき、創作者はまず背中の点々をインサイドアウトで折ろうとするだろう。そのとき、平面的な作品を第一に目指すのではないか?テントウムシに特徴なドーム型を折ろうとする人は少ないのではないか?
 ドーム型の造形は紙という平面の材料から少々イメージしにくい形であり、”折り紙らしさ”から少し離れた位置にある。インサイドアウトのような”折り紙らしい”表現と、ドーム型という”折り紙らしくない”形が融合すると、面白い作品が作れるかもしれない。

悪い点

  • 悪い点って言うほどのものではないけど、もう少し「秩序」に寄ったものも見てみたい。さらに折り紙としての評価が上がるのでは?

  • リアルに寄せれば寄せるほど、細部が気になってしまう。胸鰭の根元付近のヨレの「無秩序さ」とか、頭のど真ん中を走る蛇腹のような「不自然な秩序」とか。

  • 折り紙は「見えない部分の整理」も魅力の一つだと思っているので、その部分がどうしても雑になってしまってそうな所は気になる。

『ポリプテルス』胸鰭・頭部写真


創作者からの質門とその回答

質問① ”折り紙らしさ”とは?
Q. ”折り紙らしさ”を”秩序”ととらえていると言っているが、具体的にはどんなものだろうか?

A. 直線であるとか、幾何学的な造形、何らかの法則性があるといったイメージ。若干数学的な要素も含んでいて、折り紙だからこそ存在する要素だと思っている。角度系なら角度の均一性であったり、曲線である場合は円や楕円の軌道を描くなど、”見えない秩序”みたいなものが感じられると”折り紙らしさ”を感じる。完全に無秩序な造形をやろうとすると、折り紙である意味が薄いようにとらえてしまう。

質問② 写実的な折り紙をやる意味とは?
Q. 「無秩序な折り紙は折り紙である意味が薄い」という意見からすると、写実的な折り紙の価値を考えてしまうが、作者的には写実的折り紙が未開拓にもかかわらず価値を考えることに疑問を感じる。どうとらえているか?

A. やったことない分野はやってから評価すべきという意見はそのとおりだし、やるといいと思う。ただし、折り紙である意味は常に考えていたくて、例えば「造形のために紙に切り込みを入れる」みたいなことを考えると、「自分は折って形を作りたいのであって、切って作りたいのではない」という抵抗を感じる。折り紙でやるからには、折り紙である意味を感じたい。

質問③ 「見えない部分の整理」の魅力?
Q. 「見えない部分の整理」も魅力の一つと言っているが、これは一般的な感覚だと思うか?

A. 一般的じゃないと思う。私個人の趣味、オタク的なところだと思う。展開図があったらそこを含めて作品だと思うし、見えない部分まで含めて作品を楽しみたい。

レビュアー② はちけん氏

レビュアー紹介

はちけん氏

 キャラクター折り紙を得意とする折り紙創作家。特にポケモンの作品群は圧巻で、そのモチーフに適した設計法を自由に選択し、22.5°系、15°系、蛇腹に加え、インサイドアウトまでも巧に使いこなす。立体的で隙のない作風が特徴で、デフォルメされたキャラクターを折り紙的なデザインに落とし込む卓越したデザインセンスの持ち主。
元所属サークル:京大折り紙サークルいまじろ~
SNSリンク:X(旧Twitter)

作品レビュー

設計方法の新規性
 造形的にはとても優れている作品であると思うが、筆者は造形評価の基準が定まっていないので、得意分野の構造に絡めて造形を含め評価していく。ここまでの密度の粘土作品(ぐらい折り)で写実性の高い作品はあまり見ないので、同じ作品系統の渡邉慧、エリック・ジョワゼル(作者が影響を受けてる作家)を例に出して構造的に比較する。
 まず、渡邉慧の作品はある程度余分な領域を確保した面を設計で作って折り込むスタイル、エリック・ジョワゼルもぐらい折りでカドを出す場合もあるが、造形的に領域が必要な部分は設計で出しているので、この作品は面を設計で作らない点で類似作品との違いが見られ、そこは新しい試みであり評価できる。

用紙形の選択
 次に、長方形用紙の選択について述べる。作品の題材に適した紙選び(無駄な領域が出ない)という点は合理性があるように思うが、設計をせずに蛇腹を広げて領域を確保する折り方で領域に少なからず無駄が生じてしまう。そうなると長方形を使って無駄な領域を減らした意味が薄れてしまう。(極論無駄になってる部分を切った多角形用紙でよくなる。)

『ポリプテルス』展開図(簡易版)

”折り紙らしさ”と構造
 折り紙で造形する意味を考える時に、構造はセットで考えなければならない。折ると言う行為は紙に線が生まれる(つまり幾何学的な要素が生まれる)ことであるので、折り紙らしくない作品にも幾何学的要素は生まれる。そこを上手く使えるかも技術的な評価対象になる。
 この作品では構造的に、面を作らず蛇腹を広げて造形しているので、紙のフチや折り筋が面に出てしまう。これは造形的にはノイズになるテクスチャであり、特に写実性の高い作品には造形が雑なように見えてしまう。また、蛇腹を広げきれてない部分で幾何学的見た目を残してしまい、全体のバランスを悪くしてる。
 ヒダと折り筋のコントロールに気を配り造形したら、良い意味でより折り紙らしくない造形になりクオリティが上がると思う。

創作者からの質門とその回答

質問① 用紙形の選択の評価?
Q. 長方形を使ったことに対し、プラスの面もマイナスな面もあるという評価だった。個人的な意見だが、紙は長方形であることが”自然”であるととらえている。構造的に無駄が出るのは承知だが、より効率を求めて多角形等の非定型を選択するのは抵抗があるのだが、その点の考えはどうか?

A. もし自分が長方形を使うとすると、無駄な領域を出さず、長方形を余すことなく全て使い切るように設計すると思う。こだわりみたいなもの。個人的に、設計的に無駄なく紙面を使い切っている作品は評価が高い。

質問② 紙面領域の問題?
Q. (評価作品とは外れるが)例えば正方形でイヌを折るケースを考えて、ダイヤ型の角配置を使うと、たいていの場合頭部-しっぽでない二つの角は腹に押し込む無駄領域になると思うがそれは許容か?

A. 自分だったらそうしない。角配置を変えて正方形全面を使い切るような設計にすると思う。逆に言うと、使い切らないなら正方形を選ぶ必然性が無くて、自由な形からできるペーパークラフトとの境界線があいまいになると思う。

質問③ 切り込みは?
Q. 切り込みを入れるとシンプルに紙面領域を使えると思うが?

A. 個人的には、切り込みを入れるのは折り紙ではないかなと思っている。折って形を作るのが折り紙で、切って作るのは少し違うかなと思う。

質問④ 紙のフチって汚い?
Q. 「紙のフチや折り筋が面に出てしまう」とあるが、これはフチや折り筋そのものが汚く映ってしまうという意味?

A. そういうわけではなく、作品による。今回のような写実的な魚の作品の場合、ツルっとした表面のテクスチャを目指すにあたってノイズになる、という話。

レビュアー③ taiga氏

レビュアー紹介

taiga氏

 端正な作風が特徴な実力派折り紙創作家。直線的なデザインからハイディテールな立体作品まで幅広く手がけ、その作品群には折り紙に向き合う真摯な姿勢と”美”を感じる。「折り紙文化の保護と発展」を目標にLampo社を立ち上げ、折り紙×カレンダーのアイデア商品を手がける他、Youtube、Instagramでの動画発信も精力的に行っている。
元所属サークル:慶応大学折り紙サークル折禅
SNSリンク:X(旧Twitter) Youtube Instagram

作品レビュー

はじめに
 優れた表現を行うためには、課せられる様々な制約と向き合う必要がある。それは手法や材質、次元の問題かもしれないし、はたまた表現者自身の技量の問題かもしれない。 ことに折り紙作家の中には、その制約をわざわざ好んで増やし、がんじがらめの中で最適解を探す「もがき」のような過程に喜びを感じる者が存在する。これは自己紹介だ。
 たくさんのパーツを正方形にパズルのように配置し、決まった角度の折り線しか用いず、時には数学を用いて構造を洗練する。緻密な制約の隙間を縫って「これしかない」という表現を見つけること、それが私の創作欲の源泉である。折り紙はそうした私のニーズを受け止めてくれる格好の表現手法なのだ。  
 唐突な自分語りを申し訳ないが、こうした価値観で折り紙に取り組む私にとって、川上氏の「ポリプテルス」はとても興味深く映った。

良い点
 この作品は、折り紙作家が自身に課すことの多い「正方形から作る」、「構造的な整合性を取る」といった制約をはなから放棄している。これは逃げではない。規格化された世界で最適解を探しもがくのではなく、制約を緩めてでも可能な限り等身大で自分の表現をぶつけることをあえて選んでいる。自分の姿勢と正反対だからこそ、私はここに氏の美学を感じる。
 また、このスタイルでの表現には高度な技術が前提となることにも注目したい。鱗の段折りによって生じるヒダを吸収して内部に隠し、周辺部でヒレや頭部の表現をアドリブ的に行うためには、緻密な折り線のコントロールが必要であることは想像に難くない。

改善点
 一方で、「惜しい」と感じる面もある。その一つは、ヒレの付け根や頭部に残るシワだ。これらは厳密には平らにならない曲線や曲面による紙への負荷がもたらす、文字通りのしわ寄せである。 あくまで私の感想だが、折り紙作品に入るこうした意図しないシワは、うまく辻褄を合わせて内部に隠すなどしてできる限り排除すべきように思う。特にリアルな魚類をモチーフとしている本作だからこそ、鱗のない部分のなめらかな体表のテクスチャについてはより良い表現を検討できる余地があるように感じた。
 もちろん、即興的に徹底した細部の表現を行う本作においてシワの発生が必然であることは理解している。だからこそ、それらの処理をより入念に行うことでさらに洗練性が高まると考えている。

『ポリプテルス』胸鰭部

 ここで、シワって何だろうと今一度考えてみたい。例えば、絵画でラフに太い筆でざっざと描いた絵がなぜかかっこいい、彫刻で明らかに彫刻刀で彫った跡が残っているのになぜかかっこいい、という感覚がある。モチーフそのものとは違う、造形手法そのもののの名残があることに対して、プラスの評価を得ているものすらあるように見える。折り紙におけるシワとの差は何だろうかと考えたときに、「コントロール下にあるか」という点が大きく評価を変えているのではないか、と感じた。本作のような「出てしまった」シワとの差はここにあるのではないか。ぜひ議論を深めたいところだ。
 もう一つ改善可能な点として私が思うのは、背鰭の表現だ。本来ポリプテルスの背鰭の棘は、尾鰭に近づくほど長く、背中に対する角度が平行に近くなっている。一方、氏の作品はほぼ同じ長さのカドを折り出しているためその表現に限界があり、シームレスに尾鰭に至るまでの末広がりの雰囲気を表現しきれていないように思う。これは構想段階での背鰭の領域を、背中のラインと平行にとっていることが原因だと思われる。いくら仕上げの力があろうとも、物理法則を無視して紙のリソースを確保することはできないため致し方ないところだが、バージョンアップの際にご一考してもらえれば嬉しい限りである。

おわりに
 今回は同じコンプレックス系創作折り紙に取り組みつつも、川上氏とは異なるスタイルをとっている私の立場からこうして意見を述べさせてもらった。機会があれば今後自作品についても同様に意見を頂き、互いに刺激し合えればと思う。

創作者からの質門とその回答

質問① 背ビレの表現ってどうですか?
Q. 意見の中に一点反論があり、もしかしたらtaiga氏の見たポリプテルスの資料は幼体の物ではないか?もし幼体のものであれば、体長に対してのヒレが長く、よりヒレが一体になっているように見えるはず。この作品は80 cmクラスの成体なので、そこは食い違っていないか?背ビレの最後のラインに関しては確かにと思うが…

A. 背ビレが短いというわけではなく、前半身部分の背ビレに関してはそのままでいいと思う。後半身部分の背ビレが倒れていく感じ、水の流れというか、身体の流れというかに焦点を当てていくと、もっと造形的に良くなると思う。
(補足:作者はポリプテルス好きです)

質問② ”シワ”って何だろう?
Q. 絵画においてラフにかっこいいみたいなもので、折り紙におけるシワが、その作品をかっこよくさせている例はあるか?

A. なかなか良い例が見当たらず…。”シワ”に似たものとして、蛇腹作品のひだがあると思う。折り重なったひだは意図しないシワと似ていると感じる。逆に、制御しきったひだのある作品だと、北條高史氏の『バイオリン奏者』や神谷哲史氏の『ライオン』のたてがみ部分もあげられると思う。”正解を含んでいる”という確信をもってその線を引いているか、”コントロール下にあるか”、という点が評価を上げていそう。非創作のコンプレックス作品を折る際に、本家の作品に比べてかっこよくならないのはこういった点が評価されるのではないか。

品評会から見る、”折り紙を見る眼”とは?

 ここまで、1つの作品に対して、3名のレビュアーによる評価を見てきた。そこから見えてきた、折り紙作品の評価点、”折り紙を見る眼”を考察していこう。

”折り紙らしさ”とモチーフの関係

 レビュアーに共通した点として、”折り紙らしくあること”が高評価であることがあげられる。折り紙という技法を選択している以上、その作品には、折り紙らしい表現、折り紙にだけできる表現があることが求められている。”折り紙らしさ”のとらえ方には人によって多少差はあるが、直線性、法則性、秩序、幾何学的といった言葉が出たことからもわかる通り、”紙を折る”という行為から直接的に表現される造形に対して”折り紙らしさ”を感じるようである。

 しかし、この”折り紙らしさ”は作品の要素全てに求められているものではどうやらないらしい。折り紙らしくあってほしい箇所、折り紙らしくなくても良い箇所が分かれており、モチーフの要素に沿ってその濃淡があるようだ。本作品の評価としては、鱗部分は”折り紙らしい”と概ね高評価をもらったが、頭部やヒレなどにはその”折り紙らしさ”が逆に悪影響を与えていると指摘されている。

 振り返って考えてみると、本作のモチーフである魚は、鱗部分には直線性、法則性、秩序、幾何学的といった”折り紙らしい”要素が集合しており、反対に、魚の頭部やヒレなどは曲線的、不規則、有機的といった、”折り紙らしさ”の対極に位置する要素が集合している。モチーフの部分部分がそもそも”折り紙らしさ”を有しており、その度合いによって求められる表現が変化すると考えると面白い。

 ”折り紙らしく”どう表現しようかと考えるのではなく、そのモチーフがどの程度”折り紙らしいか”によって手法を変えるというアプローチが、良い作品を作るコツなのではないだろうか。時に「折り紙らしくなく折ることが求められる」という逆説的な批評は、非常に興味深いものだ。

折り紙の造形的な価値とは?

 本作はアプローチとして、写実的・立体的な造形に挑んだものであり、それに対し、造形的にレベルが高いとの評価をいただいた。折り紙はそもそも紙という材料が平面であることから、必然的に平面的になりがちなものであり、本作のような立体的にモチーフを”再現”しようとした作品は珍しい。折り紙には向いてないと言えばそれまでだが、まだまだ未開拓であるというのは間違いない。

 ただし、その”再現”というアプローチは、実物と比べてどうかという比較につながってしまう面が大きい。その実物に存在する要素は高く評価され、実物に存在しない要素は低く評価されるのは必然である。本作の場合は、各所に点在する「出てしまった」シワや、「曲がってしまった」線、「残ってしまった」幾何学的要素はレビュアーの評価を下げた要因である。

 しかし、taiga氏から指摘があったように、例えば絵画や彫刻の世界には、実物と比較して異なる、手法そのものに起因する造形要素が残っていても、高く評価される作品が存在している。taiga氏は「コントロール下にある」、「正解を含む」という言葉で表現していたが、折り紙においてシワを造形的に制御する作品には出会った記憶がない。シワを排除すると完成度が高まる、という意見が3名に共通しており、筆者もそう感じているが、シワをコントロール下に置いた先にある作品とは何なのか。シワが表現となるには何を考え、どんな手法をとるべきなのか。誰も明確な答えを持ち合わせておらず、今後のテーマになるだろう。

構造・設計の魅力

 本作で用いた創作法は緻密な設計を前提とせず、自由に造形をすることを目的とした方法である。新規性がある、新”奇”性と言った方が適切かもしれないが、少なくとも独特な創作方法である。私は今回の品評会において、3名のレビュアー”全員”から構造や設計法について評価があったことに、折り紙の特異性を感じた。折り紙作品そのものを見ただけではわからない設計や構造といった点が、その作品の評価の一部を担う、ということが起きているのだ。

 例えば絵画の場合、技法の巧さが言及されることこそあれ、それはあくまでも”表現のための手段”として評価されるにすぎないと思う。しかし折り紙の場合は、設計や構造”そのもの”が評価される。その展開図の効率が良いのか悪いのか、カド配置が面白いかどうか、設計に用いられる角度は何°なのか、そもそも材料の紙の形は何なのか。taiga氏はそれらの制約を「創作欲の源泉」だととらえ、kyoppy氏は「「見えない部分の整理」も魅力」と、はちけん氏は「無駄な領域を減らした意味」と言っているように、作品だけを見ての評価に直接反映されない点までも評価されている。これらは折り紙が技術的・設計的な側面を伸ばして、その魅力を発展させてきた証左であると、私は考えている。外観以外に、設計手法や構造そのものにも焦点が当たる様は、建築に対する評価視点と似ているのかもしれない。

 こういった構造・設計への評価は、折り紙愛好家・創作家には顕著にみられるものであるが、折り紙にあまり馴染みの無い一般の方にとっては、理解し辛い感覚だろう。設計手法や展開図を読み取るためには、相応の折り紙経験と歴史的知識が必要である。一般の方へ設計や構造の面白さをどのように発信していくべきか。その面白さを伝えていくコンテンツが必要なのではないか。

おわりに

 今回は第1回の折り紙作品品評会として、拙作『ポリプテルス』を対象に、3名の折り紙に造詣の深い、しかしそれぞれ折り紙経験に特色のあるレビュアーに評価をしていただいた。創作者である私にとって、良い点、悪い点、勿体ない点、これからもっと伸ばせる点を、それぞれのレビュアーの視点から評価していただいたこの経験は、大変貴重なものであった。これらの意見をもとに自身の創作を見つめなおし、より魅力のある作品作りをしていきたいと強く思う。

 また、開催者である私からの感想でいうと、作品の良い点・悪い点で指摘している箇所がほとんど同じなように見えて、各レビュアーが異なる視点で評価している点を大変興味深く感じた。”折り紙らしさ”とモチーフのバランス感、構造的・設計的な巧さ、制約下で最適解を模索する創作哲学、これらは各レビュアー独自の感性であり、その作家の魅力を表しているように思う。今後、第2回、第3回と開催するにつれ、その作家の魅力をより多くの方に届けることができれば、今後の折り紙業界全体がもっと魅力的になる、そう感じている。

 このnoteを読んだ方が、折り紙作品を鑑賞するとき、もしくは創作をするときに、何か指標となるような、”折り紙を見る眼”が得られていることを、私は願っている。

雑記

 以下、品評会後に雑談交じりに議論した内容を少し書き記しておく。

  • 折り紙において切り込みが”ずるい”と言われるのはなぜか?

  • 折り紙のレギュレーションは『TVチャンピオン』で再定義された?

  • 折り紙はなぜ正方形なのか?

  • 折り紙作品をより魅力的にみせる展示方法とは?

  • 折り紙で目指す造形のゴールとは?

ご案内

 今回の折り紙作品品評会など、活発な議論を通して折り紙に向き合い、企画・発信を行うコミュニティ、『Folder's Lab』を発足しました。折り紙について議論する専用のディスコードサーバーを立ち上げ、サーバー内でテキストチャット、ボイスチャットを使って議論・交流をしています。
 今回の品評会でも、ボイスチャットを使って創作者⇆レビュアー間の直接的なやり取りをしています。
 議論に参加したい人、議論してみたいテーマを持っている人、議論には参加しないかもしれないけど聞くだけ聞いてみたい人、私のX(旧Twitter)にDMをいただければご招待いたします。ぜひ、皆さまご参加ください。

参考

 今回の折り紙作品品評会の主催の一人、kyoppy氏のコラム

次回

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