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簡雍さんは考えた。(短編の7)

簡雍は綻んだ。
目の前では、最近編制された部隊が
練兵中である。
兵とは言っても、食うに困って
故郷を飛び出してきた無頼の連中である。
はじめは槍の持ち方すらままならなかった。
それを丁寧に教え、面倒を見るのは
田豫の役目だった。
彼は何故か練兵が上手かった。
一言二言声を掛ければ、
若者たちの目の色が変わる。
簡雍はその様子を肴に
酒を飲むのが好きだった。

劉備の陣営で主だった者と言えば、
まずは関羽、張飛。
常に劉備のそばに侍り、
三兄弟を自負している。
関羽と張飛の仲が近しくなったことは
簡雍としては意外だった。
だが、張飛の思い込みの強さは、
彼を果断にさせた。
竹を割るようなその性格を、
どうやら関羽は気に入ったらしい。
劉備も三人でいる時は気を許しているようで、居心地が良さそうだった。
また何を置いても、この二人の武勇は
人を惹きつけるものがあった。
戦場に立つものは誰もが、
関羽の剛強さに憧れ、
張飛の壮烈さを頼った。
あとは劉徳然。
劉備の従兄弟である。
特別な武勇も無ければ、臨機応変な知恵も無い。
ただ、嘘をつかない人だった。
彼が他人を悪く言うところも
見たことがない。
皆が彼を信用した。
いつも天秤の軸にいるような人だと
簡雍は思っていた。
劉備の軍は良馬が多い。
それを調達するのは、張世平。
彼は本業が馬商人だから
陣営にいて、軍を率いることは無かったが、
馬の調練をみることが多かった。
そして、田豫である。
彼の才能はその屈託の無さだろう。
劉備はそれを特に好んだ。
一番年少だが、人の間に立って、
この男ほど場を和ませる者は無かった。
そこには彼なりの流儀があるようだった。

「さっき、あの男になんて声をかけた?」
練兵が終わったあと、汗を拭く田豫に
簡雍は問いかけた。
動きに精彩を欠いていたある兵士に
田豫が声を掛けた途端、
目に光が戻るのを簡雍は見ていた。
田豫の部隊にあって、
これは珍しいことでは無い。
いつも不思議だった。
「あぁ、あの時。
ただ褒めただけですよ。」
甕から柄杓で水をすくい、
一息に飲み干して、田豫は答えた。
「ただ、ということは無いだろう?
なんと言って褒めたんだ?」
簡雍は理由が知りたい。
何かが変わるところには、
それなりの理由があるものだ。
「あの時は、そうですね。
槍の構えが雲長さんに似てる、
と言ったんです。」
「雲長殿に?」
意外な答えだった。
「よく使うんです。
うまく行かない時は、
雲長さんの真似をしろって。」
田豫は、まるで悪戯がバレた子供のような顔をした。
笑いながら、
雲長さんには言わないでくださいね。
とも言った。
「なぜ雲長殿なんだ?」
「新しくうちに入ってくる連中は、
だいたい戦い方なんて知りません。
そんな時に、一番の上達方法は
真似をすることですよね。」

「初めて武器を握る奴らは、
まず雲長さんか益徳さんに憧れるんです。
なんたって、最強ですからね。
でも、益徳さんは無理です。
あの人の真似はできません。」
「その場その時でやり方が違うし、
あの人でしか出来ないやり方なんです。
一貫性がありません。
だから強いんですが、、、。」
「雲長さんは、違います。
いつも決まった所作から始まります。
青龍偃月刀の握り方、振り抜き方、
そして納め方、全部決まってます。
きっと、強くなる手順を描き出したら、
それは雲長さんの姿をしてますよ。」
驚いた。
よく見ている。
そして、本質的だ。
人はお手本を真似ることで
より成長する。
さらに、それを反復させることで、
体で覚えさせようとしている。
またそれが憧れの相手であれば、
覚えたものは、自信に変わる。
自信はすなわち気持ちの強さである。
戦場で何より必要なものだ。
「雲長さんのようだと言われて、
喜ばないやつはいません。」
そう言って笑う田豫を見て、
簡雍は改めて思った。
この男は劉備に必要な才能だと。
人の機微を知り、
人の押さえどころを知っている。
そして何より、それを使える才能。
これは関羽にも張飛にも、
劉備にも無い才能だ。

「国譲、お前がうちにいてくれて、
本当に良かったよ。
劉備にはお前が必要だ。」
そう言って酒をすすめると、
「何言ってるんです。
それは憲和さんの方ですよ。
主に耳の痛いことを言えるのは貴方だけです。
絶対必要な人ですよ。」
と言って真顔で返してくる。
やはり、この男は、
人の押さえどころを分かっている。

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